想像もしていなかったのだろう。

そんな事を言われようとは。

俺自身も、半分くらいは冗談だった。

でもあとの半分は本気だった。

閉ざされた世界で生きて来た姫に外の世界を見せてやりたい。

そう思ったのだ。

そしてその経験をさせるのは、姫にとって初めてのその経験を与えるのは、俺でありたい。

そう、思ったのだ。

驚いて顔を上げた目と視線があう。

言われた内容が信じられず呆然とするその顔を見つめたあと、俺は空を見た。

良い天気だ。

夕刻にひと雨くるやもしれぬが、それまでには帰ってこれるだろう。


「私を使うのに遠慮が強くて仕方ないのでしょう?ならば一緒にいらっしゃるといい。荷物持ちでもなされば、その呵責も薄れるでしょう」

人を動かすのに気をつかうなら共に動けばいい。

その道理を姫が理解しない筈がなかった。

そしてそうすれば確実に呵責は薄れる。

姫はこの国の統治者の『正室』でありながら披露目の場を設けられなかった。

つまり顔を知られていない。

街に降りても、大事に至る可能性は薄い。

不可能なことではない。


「…いいのですか?」


弱々しい声がそう聞いた。

その声には、恐れと期待が滲んでいた。

そして俺の望み通り、自己嫌悪と遠慮は消え去っていた。


…それでいい。


思わず口元が緩む。


「行きますか?」


たいした事ではないと思わせるため、そっけないほど軽く尋ねると、


「…いいのですか?」


再びそう聞き返された。

その声がもっと期待の色に染まっていたので、可愛くてつい笑ってしまった。


「俺は、『行くか?』と聞いたんです」


ーーーーー…まずった。


瞬時にそう気付く。


…地が、出た。

あまりに姫が初々しいので、箍が外れた。

完全なる失態だ。

職務という枷で保っていた一線が、今確実に軋んだ。

ひび割れたそこは、俺の心の制御に直結している気がした。

留めなければならない思いが溢れぬよう頭を冷静にする。

…こと最近、猛烈に頭が悪くなっている気がする。

気も緩んでいる気がする。

姫の事に関してだけ。

良い傾向とは、思えない。

少し冷えた目で姫を見るが、姫は俺の言葉など気付かなかったようにまだ呆然としていた。

幽閉されつづけた者にとっての『外出』という言葉は想像以上に威力があったらしい。


「…行きたいです」


ぼそりと遠慮がちに、それでも正直に欲求を返してきた姫に和んだ。

姫にしてあげられることがひとつ、またひとつと増えるたび

俺は何かに満たされていく。

それに身をゆだねてはならない。

そう思うのにそれは心地良くて。

あまりにそれは、心地良すぎて。