世間を知らない私という『体力』のない者を連れ歩くという面倒は、私はおろか提案した本人が一番よくわかっている筈だ。

なのに、来いと言うのか。

来いと、言ってくれるのか。

私の遠慮をなくすために。

私の呵責を薄めるために。

私の、ために。


そんな奇跡、あるわけない。


そう思いながらも、唯一私に親切な彼の言葉という足場がそれを本当だと繋ぎとめていた。


「行きますか?」


そっけないほど軽く彼はそう尋ねる。


「…いいのですか?」


もう一度そう聞き返すと、困ったような顔で微笑まれた。


「俺は、『行くか?』と聞いたんです」


…………『俺』。


常に私に対し『私』を通し一線を引いていた人が、それを崩した。

その事にドキリとする。

本当の彼は自分の事を、『俺』、と、いうのか。

そんな事に鼓動が速くなる。

そんな自分のわけがわからない。

でも、決して気持ちの悪い感覚ではなかった。


「…行きたいです」


なんとかそう答えると、その瞳が和らぐ。

優しいその色に胸がしめつけられた。


…どうしてだろう。


彼は私を傷つけているわけではないのに、時折こうして胸が痛む。

息が止まりそうなくらい痛む。

これは…、なんだろう。


「街の女子が纏うような服を用意します。顔が知られていないとはいえ、あなたの素性が露呈するのはまずいので、簡易な設定を設けましょう」


話が決まった途端てきぱきと予定が組まれた。

その計画の緻密さに夢のような話が、現実味を連れてくる。

街に、出る。

街とは、どんな所なのだろう。

どきどきした。


……私は『贄』。

この国の、『贄』。


楽しんではならない。

喜んではならない。

笑ってはならない。

そんなふうにして生きてはならない。

その筈なのに。


…どうしよう。

胸が、はやる。


「…夫婦、という事でよろしいですか」


少し言い淀みながら彼がそう言った。


「あなたと私は、夫婦という設定。…それでいいですか」


夫婦。

目の前の美しい男性が、偽りとはいえ私の夫となることにまた胸が跳ねる。

すぐに頷けずにいると、彼は申し訳なさそうに膝をついた。


「不快とは存じますが堪えていただきたく。…兄妹という道も考えましたが、あなたが私に『くだけた話し方』ができるとは思えませんので…」


……違う。

不快などではない。


焦った。

そんな事考えたこともない。

そう言おうとして、留まる。

それを伝えてしまったら彼の重荷になる気がした。

どうしてか、そんな気がした。