姫はそれ以上何も問い返さず、食事に戻った。

なんのためらいもなくその箸を使う姿に実感させられる。

この姫は本当に『忍』を『下賤』だと思っていないのだ、と。

忍の口にしたもの、着た服、使う武器、歩く道、すべてそれらは『穢らわしい』ものだ。

毒見とはいえ忍の食べたあとなど平民でも口にするのをためらう。

死と殺に隣り合わせる『忍』というのは形ある正真正銘の『厄なるモノ』だからだ。


なのに、この姫は…。


当然のように『ひと』として扱われる事に胸が熱くなる。

俺は黙ったままそっと、姫の食べる様子を見た。


綺麗だ。

美しい、食べ方をする…。


まるで一枚の絵のように静かに最小限の動きで摂食をするその姿は幻のようだった。

しばらくそうして食事を見ていると、次第に姫の動きに乱れが生じてきたことに気付いた。

箸を持つ手の指先が白くなり、動きがぎこちなくなってきている。

そこではじめて、俺は食事の席に同席している無礼を思い出した。

そして滞在した理由を瞬時に構築する。


…見とれていたわけではない。


自分にそう言い聞かせる。

…見とれていたわけではない。

ただ毒が、まだ毒がどこかにあるといけないから、それだけだ。

そのためだ。

心の中で繰り返す言い訳に、知らずと声が硬くなった。


「…私ごときが傍にいると食事の味が落ちましょうが、ご容赦ください」


そう言うと、なぜか姫は苦笑した。

見当違いの杞憂だとでもいうように。

しばらく黙ってそうしていたが、やがて喋る気になったのだろう。

細い声で、そっと、


「…おかしくはありませんか」


そう尋ねてきた。

なんの事かわからず眉をよせると、ゆっくりと箸を持つ手を上げて見せてくる。


「おかしくはありませんか?私の箸の持ち方は」


どこもおかしくなどなかった。

美しい指に美しい持ち方。

何もおかしくはない。

そう訝しんだあと、何を問われたのかを理解してはっとした。