…一人で生きて来たわけではない。

私の衣服も、食事も、眠る場所も、他の人間の手によって造られた。

この箸ひとつだって私以外の者の手によって作られている。

一人で生きて来たわけではない。

私に至るまでにたくさんの人が関わっていた。


…けれど。


独りで
生きて来た。

いつ
いかなるときも

独りで。


誰もいなかった。

春も。
夏も。
秋も。
冬も。

朝も。
昼も。
夜も。

室内も。
室外も。

立とうとも。
座ろうとも。
歩こうとも。
眠ろうとも。

どこにいようと私は独りだった。


それを受け入れてきた。

それに慣れてしまった。

それが、その事が、唯一私に心を砕かねばならなくなった人を傷つけている。


…見苦しい女だ。
…本当に。


自分に対しそう思う。


…憐れな人だ。
…彼は。


それが
かなしい。


いよいよ食思が薄れまるで砂を飲むかのような気持ちで箸を持ち直した。

その時だった。



「…ならば」



囁くような声が
降った。



「慣れてください」



不可思議な言葉に顔を上げると、いつのまにかしっかりと見据えられていた。

切れ長の瞳が、私を捕まえる。

何を言われているのかわからず、口を開こうとした。

しかしそれより早く告げられる。


「私が傍にいます」


真っすぐな目ときっぱりとした言葉に、喉が、詰まった。

呼吸が、変速する。


とく、ん。


とくん、と、胸に何かが落ちた。

それは一滴の水滴のようであり、木漏れ日の欠片のようであり、どちらにしても小さなものだった。

けれど、それは私の中に波紋を作った。

細く、小さく、でも確実に。


「慣れてください」


繰り返しそう言ったあと、彼はもう何も言わず視線も合わせはしなかった。

けれど、言葉に忠実に傍にいてどこにも行こうとはしなかった。


傍にいる。


一度として言われた事のないこの言葉に、恐怖を覚えた。

監視という任務のために私に関与する彼の温かみに、震えが、くる。


…震える。

『心』が。

まぎれもなく、『心』が。