彼の私への気遣いが彼にとっては当然の義務であったとしても、私にはそうではない。

彼の態度は
温かい。

温かいからこそ
痛い。

その痛みは、私には優しすぎる。


私などには

ふさわしく
ない。


「…おかしくはありませんか」


そっとそう尋ねると、彼は私を見た。

困惑した顔の前に、ゆっくりと箸を持つ手を上げてみせる。


「おかしくはありませんか?私の箸の持ち方は」


何を言っているのだろう、という訝しげな表情がはっとしたものに変わり、次にその瞳が憐みに染まる。


…聡い、人だ。
本当に。


私は箸を置き、細く呼吸をした。


「…慣れていないのです。誰かが傍にいることに」


どこか悼むような表情で、彼は少しだけ俯く。

彼はわかっている。

私の言いたかった事。

私はこう言ったのだ。

『箸の使い方が正しいかどうかすらわからないほど、ひとりで生きていたのだ』

と。

礼儀も、作法も、書物で学んだ。

立ち居振る舞い。
言葉づかい。
箸の持ち方まですべて書物で学んだ。

文字ばかりのそれは正しい形を文で私に教えたが、目では教えてくれなかった。

そして周囲の人間の箸の持ち方を知ろうにも、私は食事時、誰においても席を同じにすることを許されたためしがなかった。

私は知らない。

本当の箸の持ち方を。

私は知らない。

誰かがそばにいるという温もりを。

私が言いたかったのは私の惨めな経緯ではない。

孤独に慣れるが故の緊張だ。

彼がいることを不快としたのではない。

彼がいることにただ恐れた。

それを伝えたかった。

そして尋ねたかった。


私は見苦しくはないか。


と。


姿かたちもさることながら箸の持ち方すらまともに知らぬ私は、あなたに見苦しく不愉快に映りはしないか。


…と。


誰もいない空気の流れしか知らない私は誰かがいる大気の温もりに慣れない。

それは
熱すぎた。

凍りついた私には
熱すぎた。


「ごめんなさい」


私が至らぬせいで彼に不愉快な思いをさせたことが、悲しかった。