朝、私を布団から放り投げたあとどこかへ身を隠していたが、監視を続けてくれていたのだろう。

気配は全くなかったが、忍という卓越した武人ならそれも難しい事ではない。

故に突然現れた事には驚きはしなかった。

だが。

その剣幕には戸惑う。

『霧』の『夜』という名を持つ彼は多少の感情の起伏はあれど一貫し静寂な人間だった。

なのに今、昨夜と本日早朝に見せた静かな表情と一転し鋭い眼を光らせている。

私は食事をしていた。

それだけだ。

何もない。

その状況の何が彼をこんなに焦燥させているのか皆目見当がつかない。

何も答えられずただ彼を見つめ返すと、彼はその秀麗な眉を寄せ私から箸と膳を奪った。

しばらくその内容を観察したのち小さく頭を下げ、


「失礼」


と短くことわったあとそれらを少しずつ食べ始める。

そこではじめて、彼の態度に合点がいった。


…毒か。


彼は私の食事に毒が盛られたと思ったのだ。

黙々と探るように食事を削る姿を見ながら、申し訳なくなって私は俯く。

安全確認のとれない食事を口にし、それに咽た私に彼は毒の懸念をしてくれたのだ。

そして今自分の舌で毒見をしてくれているのだ。

その心遣いを悲しく思った。


…私にそんな
…価値はないのに。


彼は知らないのだろう。

私は毒を盛る必要もないくらい『人』として認識されていない事に。

毒を盛られた事など一度もない。

東の国でさえ私の膳に毒が盛られる事はなかった。

早く死ね、そう言いながらも自国で死なれる不吉さを優先し、誰も私に毒など盛りはしなかった。

ここも同じ。

私に毒を盛る必要などどこにもない。

私が死んでも、何も、誰も、痛まない。

耳を汚すような汚い死に方をさせてはならないが、死んでも何も変わらない。

それが、私の生きる位置。

それを知らずに心配をし、血相を変えてかけつけてくれた彼の優しさが痛い。

こんな価値のないものの監視を命じられた彼こそ、この世で一番憐れなものに思えた。