『贄』。


腹の底から冷えるような感覚に声が出なかった。

この姫は東の国の妹姫。

噂の忌み子。

…噂だと思っていた。

東の国の妹姫は生まれ落ちた際の不吉な占により『人』以下に疎まれている。

そんな話は噂だと思っていた。

一国に姫がそんな扱いをうけるはずがないと。

そう、思っていた。

だが、目の前の女にそれがただの噂ではなかった事を知る。

陽に焼けていないこの肌は幽閉の証拠ではないのか。

聡いこの頭脳は愛されようとした証拠ではないのか。

そんな女は敵国に一時の平穏のために売られ、辿りついたその日に夫となる者に『死ね』と言われた。

そしてそれをまっとうすべく望んだたったひとつでさえ、下賤な俺のような者に嘲られ、八つ当たりをされそうになっていた。

人肌が恋しくないわけがない。

ぬくもりが欲しくないわけがない。

なのにこの女は、この姫は、それすらも望めないのだ。

自分をなによりも『下賤』と見るが故に。


「言われなくてもわかっています。私は『贄』です」


姫は知っている。

俺が『警護』を命じられたのではないことを。


「なによりも下賤なのは私です」


俺が命じられたのは姫の『警護』ではない。

俺が命じられたのは姫の『監視』。

なのに姫はそんな俺に礼節をつくした。

こんな
俺に。


「しかし肩書きだけは『西の国の正室』。それに手をつけたと知れてはあなたの命に関わりましょう」


人々にとって忍は『人に非ず』。

虫を殺すほどの呵責もなく忍は消される。

瑣末な事でも。

姫が提案を断ったのは自分の身のためではなかった。

俺の身のためだった。