しかしそれでこの女の様子に合点がいった。


女は拗ねているのではない。

甘えているのではない。

憐れんでほしいのではない。

この女はもう何も
望んではいないのだ。


敵国に渡された時点において祖国からも捨てられたようなもの。

そしてここでまず伴侶から告げられたのは死ねという言葉。


この女はもう何も望んではいないのだ。

否。

もう何も望めないと
わかっているのだ。


静かで白い無感情なその顔には絶望すらなかった。

この女は、この姫は、もう知っている。

自分が『妻』ではなく、『人質』であることを。


「私はあの方のために死ぬ事を命じられました。それを全うするためには死に方を知らねばなりません。のたれ死んではならぬのです」


道理だ。

その言葉だけで俺は女の優秀さを悟る。

名ばかりとはいえこの女は『西の国の正室』。

他国に攫われたり利用されたりすることがないとはいえない。

そんな折ただ自害するのは愚劣。

相手にそれなりの痛手もしくは西の国にそれなりの利益をなんらかで発生させねばそれは

『のたれ死に』と同義となる。

だがそれを図るには
ある程度の知略と術が必要となってくる。

この女はそれが今の自分にない為

それを享受してくれと言ってきているのだ。

…見事だ。

見事な心構えだ。

だが、それは『忍』の心得だ。


…なぜ。


疑問に思う。


…なぜ一国の姫君が、『忍』の心を持っている?