嫌味のひとつでも飛んでくるかと思った。

女のうるさい性質でも顔を見せるかと思った。


拗ねて泣いて喚くかと思った。

そしてそうされた時様に対応を準備していた。

しかし女は黙っている。


少々
いらついた。


女の境遇は確かに憐れなものだと思う。

対応も非道と思う。

しかしこの女は『姫』だ。

食うのにも困らず蝶よ花よと育てられ、美しい着物を纏い、高価な紅をつけ、歌を詠い舞いを舞いながら呑気に生きて来た人間だ。

そんな人間が少々逆境に立たされたからといって心を閉ざしている。

誰かに憐れまれたくて沈黙している。

その事が勘に触った。


「何かご要望がありましたら、なんなりと」


不愉快を滲ませることもせずにそう言うと、女がスッと動いた。

警戒するほど洗練された動きではない。

黙って動かずいると、目の前に女が座ったのがわかった。


埃だらけの床に躊躇なく膝をついたその行動に、内心驚く。

艶やかな羽織がくすみ、汚れた。

女はそれを気にするでもなく、床に手をつく。

白く細い指が
埃で黒く染まった。


「…霧夜様」


澄んだ水のような声が俺の名を呼んだ。


……様?