一瞬聞き返しそうになったが忍という身分を自覚し控える。

夫婦となったその夜に寝屋はおろか居宅からも遠ざけるという痛烈な振る舞いに両国の遺恨を見た。


祝言の日にひとり寝を余儀なくされ城から遠い屋敷へ追いやられた女は、黙って俺の後ろを歩いている。

顔合わせの時から真っすぐ目を合わせてくる女だった。

それが印象的だった。

屋敷にはひとりの下女も備えられてはいなかった。

しばらく放置されていた証の埃が足を汚す。


ひどい有様だ。


我ら、『人に非ず』の『忍』でさえこんな扱いは受けまいに。


軽い同情のなか、女から一言の文句も出ない事に疑問を覚える。

敵地に赴いた人質という立場に納得しているとはいえ一国の姫だった女。

下女のひとりもつけられず埃まみれの室内を歩かされ、忍という下賤な者とふたりきりにされている状況を是とする訳がない。

なのに、後ろの女からは怒りももどかしさも伝わってこない。


…静かすぎる。


あまりに異様なほど女は静かだった。


適当な部屋に女を招き入れ、膝をつく。


「警護を任命されました。霧夜と申します」


名乗ると、女はそっと目を細めた。

美しい女だ。

そう思う。

しかし『熱』がない。

不気味なほどに女は『生命力』というものを欠いている。


「屋敷の清掃が行き届いていない事、ご容赦ください。明日にでも人を来させます」