彼の同情は甘く。

甘すぎて。

いつも…私を痛ませる。

私の春は、彼だった。

だが彼は決して、私の生きる先にはいない。


―――春よ、来い。


でも決して、

―――来ない。


彼の言葉を静かに待つため、目を閉じた。


雨音が

する。



「ですが姫が『外』に慣れる頃には良い具合に色づくでしょう」



………え?


想像していた言葉とはどうも雰囲気の違う内容にきょとんとすると、


「その季節を迎えるまでに食物の見かたを覚えていただきます」


まるで当然のようにそう続けられた。

言われた内容が咄嗟に理解できず、驚いて彼を見ると、彼はそんな私を訝しむように眉をあげる。


「なんですか?」


さも不思議そうに私のその顔を問うたあと、困ったように微笑む。

雪解けを思わせるその頬笑みのまま、彼は再び桜に目をやった。


「いつも即座に俺が助けられるわけではありません。強引な呼びこみに引きずられ、さあ品を選べと言われた時、間違った目効きをすると笑われますよ。今回の外出でご自分でもおわかりになった筈。あなたは食物の目効きができません」


それは確かに自覚していた。

自覚していたが、今後必要となってくる能力だとは思いもしなかった。

そんな事を願ってはいけないと思っていた。

なのに彼はそれを得よという。

今後買い物をする時のためにその目効きを得よという。

それは、望むことを許されない筈の事。

認められない筈の事。

なのに。


「それでは『妻』として不自然。そこを改善しましょう。それに、食物を知ることもまた鍛練のひとつに関与します。更に街の者と会話をして喋り方も学ばれるといい。より『一般人』という実態を掴めることと思います。それが完璧にできる頃、桜も見頃に花開いていますよ」


――――あなたは、許すというのか。

これからも連れ添って行動することを。

認めるというのか。

外に出ることを。

望んでもいいというのか。

桜の花を、見る事を。

叶えてくれるというのか。


あなたと共に

……在る事を。


「その時は絶景の場所にお連れしましょう。きっと満足いただけると存じます」


呆然としたままの私を流し見て、彼はゆっくりと瞬きをした。

そっと窺うように、でもどこか宥めるように唇を緩ませ、尋ねられる。


「…行きますか?」


…私は今、夢でも見ているのだろうか。