簪でないのかという店主の非難めいた視線を睨みで封じ、包まれたそれを姫に渡す。


――線を、ひかれた。

―――また。


身分の違いという、どうしようもないものに。

それに、胸を焼かれる。

身の程を知れ。

それ以上は過干渉だ。

お前など、下使いでしかない。

現実という名の槍が、これでもかと俺を刺し貫いた。

姫は、『西の国の正室』。

俺は『忍』。

本来なら、まともに会話も許されない高嶺。

姫が時折俺に無防備な姿を晒すのは、今までそれだけ姫の周囲に人がいなかったからだ。

それだけだ。

深い意味は、ない。

姫の体は決して俺のものにはならない。

姫が絶対に求めないから。

俺はそれに値しない。

だからせめて形だけでも、体に俺を纏わせたかった。


…それすらも否定された。

現実に。


なぜ俺は下賤に生まれついたのだろう。

なぜ俺は忍を選んだのだろう。

なぜ俺は西の国の皇子ではないのだろう。

なぜ俺は朧の夫ではないのだろう。


姫の事実上の夫である桂乃皇子を殺してやりたかった。

嫉妬で気が狂いそうだった。

自分に苛立ち、俺は心なしか歩調を速めた。

そんな俺に引き離されないように努めてあとを追ってくる姫がいとおしくていとおしくてやるせなくなる。

あなたに俺を刻みたい。

すでに戻れない程俺の心に食らいついているあなたに、同じくらい俺を擦り込んでやりたい。

愛しくて。
いとおしくて。

振り返ることすらできない。

振り返れば抱きしめてしまう。

振り返れば攫ってしまう。

唇を求めてしまう。

我慢など効かない。


あなたを、愛している。

たとえ身分が違おうとも。


―――簪を、
与えたかった。


いつも身につけられるそれを与えたかった。

俺が選んだものを姫が身につける。

俺が買い与えたものを姫が身につける。

それは、姫が俺のものであるという証のような気がしたから。

たとえそれが真実でなくとも、俺はそれに酔いたかった。

だから、簪が、欲しかった。

でもそれは許されなかった。

叶えられなかった。


なぜなら姫は

真実、俺など必要ないからだ。


俺のものにしたい。

俺のものであれと願う。

姫に必要とされたい。

でもそれは俺に許されない。

絶対に。


俺は『忍』だから。


胸が痛んだ。

ひどく。

苦しい。

苦しくてたまらない。


俺は『忍』。


すべてのものの底辺を這いずる最も下賤なる、モノ。

俺が姫にできることは愛を示すことではない。

姫が俺に求めるのはそんな気味の悪いものではない。

俺に許されたものは限りなく少なく、姫が俺に求めるものは『有意義な死に方』。

俺は姫を、殺すことしか手伝えない。