私に一言もなく席を立つ。

もしかしたら一礼くらいしていたかもしれないけど私にはわからない。

見合い相手が去り、席には私と乱入者だけが残された。



……出よう。



そう思って鞄を抱き、レシートに手を伸ばすと先にそれを奪われる。

見ると、目を合わせたくないのか、苛立った顔で遠くを見ている。


「俺がもつ」


さっさと帰れよ、と、態度が言っていた。


「…結構です。返してください」


そんな義理は、本当にない。

私が手を伸ばすと、彼は不愉快そうに私を睨んだ。


「払うって言ってるだろ。素直に甘えとけよ。可愛くねえな」


…甘える?

誰が、誰に?

なんで?

たった今さっき私をこれでもかと罵倒した人に?

つまり、こういうわけか。

私は、この人に、

権力者を手にとって

人の幸せぶち壊して

収入目当てに男奪おうとして

それを壊した相手に奢ってもらうという

甘えを

平気でする女と思われているわけか。

そしてそれをしなければ、

可愛くない?




………馬鹿に、


………するな。



私は男からレシートを奪い、真正面から視線を合わせる。

突然目を合わされて、彼は戸惑ったように一歩下がった。

「誤解があるようなので訂正させてもらいます。今回の見合いは母が持ってきたもので私が頼んだものじゃありません。権力者なんて知りません。だから相手に恋人がいようがいまいが知りませんでした。それと、交際、結婚の絶対条件に収入の安定なんか入れてません。気持ちが一番大事だっていう道徳観念くらい、お堅い公務員にくらいあります」


一気にまくしたてる私に、完全に気圧されている。

まくしたてながら、なんだか物凄く惨めになった。


確かに、可愛くない。


この人の目には、傷つけられたのを冷静に受け止めて言い返してくる生意気な女にしか見えないだろうし、

実際、そうだ。


私は、可愛くない。


こんな訳のわからないハプニングの末にわかった事実が、自分は可愛くない、なんていう惨めな現実だなんて。



…ばかみたいだな…。



何に対してか、そう思った。