そそくさと鞄から本を取り出してスタンバイをする。

私は本を読みます。
もう、どっぷり集中します。

だから、営業トークに気を使わず、サササとやっちゃってください。

…という私の気遣いを全く無視して、お兄さんは私から本を取り上げる。


「また、本ですか」

あああ返して私の逃げ場。


「久々に来てくれたのに、お話ししましょうよ。
お話し。久々に、来てくれたのに」


久々、に、力、
入ってますね…。


あんなに営業してきたってことは、顧客キープに苦戦してるってことだろう事くらい私にだってわかる。

さらに、私の髪が痛んでいることも気にしてくれてるんだろうなということも、わかる。

その必死さが怖かったとはいえ、3か月も来なかったのは、確かに怠惰であったかもしれない。


「あの…」


おずおずと声を出すと「ん?」と存外に優しい声が返ってくる。

さすが接待のプロだ。


「浮気はしてませんから」

「えっ!?」


こっちがびっくりするくらいの声で、お兄さんは絶句した。

何やらものすごく衝撃を受けたように凝視される。


「な、なにが!?」


なぜ、どもる。


「いえ、忙しくて3か月来れなかったのは事実なんですが、別にほかの店に乗りかえたとか、ほかの店に行ってみたとか、そういう浮気的なことはしてませんからっていう…」


間。


「…あ、そう。…そっち…」


なぜか一気に落胆したように肩を落とし、そのあとまた笑顔になった。

…が。

「そんなの、生え際見たら分かりますよ。びっくりしますね国城さん。俺の反応見て、楽しんでますかもしかして」


なぜかさっきより笑顔が黒い。


「とにかく」

お兄さんは私の髪をパサパサ触りながら鏡越しに私を見た。

「本は無しです。久々に来てくれたんですから。久々に」


久々、に、力、
入ってますね…。