女はもう一度そう呟き、ほんの少しだけ男との距離を縮めた。

少し縮まった間合いに不快感を持ったように、男は眉を寄せる。

しかし女がそれ以上近づいてこない事を知り、席を立ち部屋から去る事は留まった。

女はいつも
そうだった。

しつこいくらい毎日来訪するくせに、絶対の境界は越えない。

女は身の程を
わきまえていた。

どんなに思おうと、自分は男の特別ではない。

唯一の絶対ではない限り男は近づく事を許さない。

そして自分がそれになる可能性はない。

なぜなら男は捨ててしまったからだ。


誰かを唯一にする
源動力である

『愛』を。


妹姫が地上に出る、その時に。


「あの子が好きだったのね」


ずっと知っていた
真実。

しかし女がそれを口にしたのは初めてだった。

男の目に険が宿り、女を射抜く。

女は初めて男に見つめられた事に微笑んだ。


「とても好きだったのね」

「やめろ」


有無を許さぬ低い声が、女を牽制した。


「出ていけ」


女は小さく
首を横に振った。

その様子に男の顔が益々凶悪になる。


「もう一度言う。
出ていけ」

「行かないわ」

「殺されたいか」

「聞いて」


女の頑なな態度に苛立った男は、右手で女の首を絞めた。

威嚇するように睨み上げながらその手に力を込める。


「聞いて」