夕暮れ時に連れられたのは理科準備室の前。
…いや、正式には付き合わされたといえばいいかもしれない。
「待っててね。すぐに戻るから」
少し顔を赤らめて、震える声で俺を連れた張本人、自由が俺にそういった。
『すぐに戻るなんてない。』
そう思ったけど口に出さないで微笑み、肩を優しく叩いた。
「あぁ、しっかりな」
そういってやると気持ちが和らいだのか自由は小さく微笑んだ。
それかゆっくりと準備室のドアを開ける。

「先生」
少し裏返った声。
自由は緊張しているみたいだった。
「瀬戸?どうした」
帰ってきた声は優しくて状況が見えない俺を安心させた。
それから自由は口を開き、想いを口にする。
…もう大丈夫。
俺は背を向けた。

自由、瀬戸自由は内村貴志が好きだった。
だから今日、内村先生の誕生日に勇気を出してその想いを伝えた。
結果は、俺には分かり切っていた。
背を向けた準備室の奥からは小さな嗚咽が聞こえてきた。
決してそれは悲しみなんかじゃない。
俺からみたら、あの二人は想いを通わせあってた。
『No』なんてありえない。
それをわかっているから、俺は黙ってそのまま歩きだした。

始めはゆっくり、だけどだんだん早く…。
最後には駆け出して、学校の門を抜けた瞬間叫んだ。
自分でも何を言っているのかわからないくらいの大声で。
胸が張り裂けそうに痛い。
しゃがみこむと、横に倒れた。
下はコンクリート。
ひんやりとしていて、暖まった身体を急激に冷やした。

空をみれば茜雲。
綺麗なのに、やけに目にしみた。
じわじわと目から涙が溢れだして止まらない。

わかっていたんだ。
ずっと、ずっと前から。
いつかこんな日が来るということだって知っていたんだ。
だけど、いつも傍にいるのは俺でありたかった。
たとえあいつが、あの人を思っていたとしても。

けど俺は自分の倖せより、愛するあいつの倖せが、一番の倖せなんだ。そう思うのに胸が痛い。
涙が止まらない。
こんなに泣いたことなんか、今までにあったのだろうかというくらい涙が溢れている。

「自由…」
君の名を呟いても、聞こえるのは過ぎ去る車の音。
虚しさに、さらに涙が溢れだした。
「自由…俺だって…」
まるで目の前に自由がいるかのように呟く。
届かない俺の声は、虚しく車の音に消されていく。
君を前にしないなら、何度でも呟けるのに。
何度でも伝えられるのに。
なぁ、自由…。
「俺は自由を愛してる…」

南克木。
秋風がそよかに吹く今日夕暮れに、愛する人が他の人と倖せになった。