パトリックは長官室の鍵を閉め、馬車止まりに向かった。

隣の執務室の窓からは灯りがもれていて、まだアランが仕事をしているのが分かる。


会食のあの夜、この馬車止まりから二人が出かけて行くのを見かけた。

彼女は慣れない会食で疲れていたはずだ。

それなのに、あんな時刻から何処に連れて行ったのだろう。

その場にいた使用人は行き先は知らないようで、自分の問いにただ首を振るばかりだった。

彼のことだ、何か特別な事情があって無理をしたに違いないが―――。

翌朝の様子を見る限り、その表情には変わりなく、いつも通り公務をこなしていた。

多分何事もなかったと思うが、焦燥感を感じるのは何故だろう。


アランは王子だ。

今まで彼が所望するものは何でも譲ってきたし、良いと思うことは何でも勧めて来た。

ずっとそうしてきたし、これからもそうするべきだと思っている。


しかし―――


手料理を食べさせて欲しいと頼んだあの時、ほんのり頬を染めて微笑んでくれた彼女。

それまで曇っていた瞳が少しだけ明るく輝いたのを見たら、嬉しくなった。

遊び人と言われる私が、彼女の些細な変化で一喜一憂するとは、なんてざまだと思う。

彼女が笑ってくれるなら、何だってしてあげたい。

喜んでくれるなら何でもするし、彼女が望む物ならどんな難しいものでも手に入れてやる。


初めてだ・・・こんな気持ちになったのは。


ブルーの瞳に切なげな色を浮かべながら、灯りの消えた部屋を仰ぎ見た。

ここはアランの塔。

許可なくして入ることの許されない場所。

塔の脇に生えている高木の枝がテラスの白い柵の隅にかかる部屋。

その奥にある部屋の中、愛しい人は温かい布団に包まって安らかな寝息を立てている。


気軽に会えないのがもどかしい・・・。


「おやすみ、子猫ちゃん」

小声で呟くと視線を下に戻した。



カサッ―――


しんと静まり返る夜の闇の中、かすかな物音がパトリックの耳に届いた。

――こんな時刻に何の音だ?

訝しげに首を傾げると、物音のする方へと慎重に近付いていく。

目を凝らして見ていると、塔の隣の高木の下で二つの黒い影が何事かをしていた。

二つの影は時々顔を寄せ合い、上を見たりきょろきょろと周りの様子を窺うような仕草をしている。



「そこの者、そこで何をしている!?」