あれからは、頬に触れた唇の感触と「君は眠ると良い」という言葉を最後に、意識は途切れている。

アラン様の腕の中にいる安心感と、漠然と沸き上がっていた不安や哀しい気持が解消されたおかげか、あれからすぐに眠ってしまったみたい。

気付いたらベッドの中で、何故かしっかりと着替えも済ませてあって身に着けてるのはナイトドレスだった。

寝ぼけながらも自分で着替えたの?・・・と一瞬思ったけれど、そんなことわたしに出来るはずもない。

やっぱりアラン様がしてくれたのかも・・と優しい手を想像してしまって朝から顔が熱くなった。


“まぁ、大変!お顔の色が!具合が悪いのですか?熱があるのでは!?フランク様をお呼びします!”

ちょうど起こしに来てくれたナミに見られて、そう叫んで駈け出して行くのを呆然と見送ってしまったから、後が大変なことに―――

駈けていく背中に急いで声を掛けて止めたけれど、おかげでちょっとした騒ぎになった。

最後にはナイトウェア姿のアラン様までお部屋から出てきたもの、これからは気をつけないと。


馬車の中で、アラン様がわたしからの問いかけに答えてくれたのは覚えているけれど、あれが、侍女長さんのしみじみため息の理由になるのかしら??

宿題の答え、合ってるといいけれど。




猫脚テーブルの上に並べて置かれた花柄模様とシンプルなハート模様のカップ。

今日の小皿の上には、スミレの砂糖漬けが乗っている。

お茶を注いでくれるメイの顔を見つめて考える。



―――メイは知ってるのかしら。

アラン様が毎晩出掛けていた理由も、わたしにたくさんの贈り物が届いてることも―――


「どうでしたか?昨夜のお出掛けは」

「楽しかったわ。ルーナさんにも会えたの」

「ルーナ様・・・ということは、やっぱりベルーガに行かれたんですね?」

「やっぱりって・・・。メイは、アラン様が何処に行ってるのか、知っていたの?」


注ぎ終わったカップがわたしの前にどうぞと置かれて、メイが椅子に座る。


「はい。・・こわ~いお方に、とんでもない迫力で“良いか、絶対に話してはならぬ”と口止めされてました。けど、お連れしたということは―――もうお話しても構わないんでしょうかね・・」


落ち着いた様子のメイは、お茶を一口飲んで天井を見上げる。


「何を隠しているの?メイに聞いたとは言わないわ。だからおねがい、話して」


そうですね、いずれ分かることですし・・と言ってこちらに顔を向けた。



「エミリー様は、異国出身です。ご両親は異国の空の下で、この国にはいらっしゃらない。それは、わかりますね?」

「えぇ、わかるわ」

「結婚にはいろんな準備があります。エミリー様にはお妃教育だとかありますけど、その他に普通の一般人でもすることと言えば、何か思いつきます?」


一般に花嫁の家が準備することですよ、と言ってスミレの砂糖漬けを口に含むメイ。