「奥方様・・・・王子様の仰る寸法の通りでした。全く・・調整の必要はありません」


職長さんの声が足元から聞こえてくる。


「そうですか。良かったこと。では、あちらを調節せねばなりませんね?貴方様に合わせてありますから、この体格差ですから、さぞかし昇り難いことでしょう」

「そう、だな・・・頼む。一緒に出掛ける際、今のままでは彼女が困るゆえ」


私は毎回抱き上げても一向に構わぬのだが、良くないこともある・・・と呟くアラン様に支えられながらステップを降りる。

アラン様の物よりずっと小ぶりで可愛らしいそれのすみっこには、馬に天使の羽がデザインされた小さなマークが入っていた。

これは確か、アラン様のにもついてたっけ。



「これは、ベルーガの印。ここは王家御用達の馬車の工房だ。乗り心地から細部にわたる装飾まで、国に工房数あれどここに敵うところはない。これは、近い未来の妃へ、私からの贈り物だ」


優しく輝くブルーの瞳がわたしを見つめる。



近い未来の妃って、それは、つまり――――


「――――わたしに?」

「他に誰がおる」



「アラン様、わたし、とても嬉しい。ありがとうございます!」



嬉しい気持ちを伝えたくて、逞しい背中に腕をまわして思い切りぎゅぅっとしてみると、お返しとばかりに締めつけられた。

あまりの苦しさにもがいていると、クスリと笑った雰囲気の後に腕が緩められる。


「私に敵うと思うか?」


笑みを含んだ声で訳の分からないことを言われて混乱しながらも息を整えていると、パトリックさんの声がすぐ後ろから聞こえてきた。




「アラン、すまない。少し、いいか?」

「何だ?」


パトリックさんと一緒に隅の方へ行くアラン様を絶え絶えの息を整えながら目で追った後、もう一度馬車を眺める。




―――これが、わたしの馬車。わたしの、もの―――



丈が高めで、丸っこいデザインの真っ白な車体。

それを縁どるのは、工夫の凝らされた金の意匠。

大きく描かれた一輪の薔薇の絵は下書きされてるだけで、まだ色が塗られていない。


こんな素敵なものを用意してくれてるなんて・・・。

感慨深くしていると、ススと近付いてきたルーナさんの悪戯っこい笑顔が耳元に寄せられた。



「あの方は、あれでも随分不安がっていましたの。かく言うこの私もですが―――どうですか、お気に召しましたか?」


「はい、とても素敵で可愛くて。今、嬉しくてたまらないんです―――あの・・・ありがとうございます。短い期間で・・職人さん大変だったのでしょう?」


「えぇ、それはもう―――1ヶ月ほど前に突然お見えになって“急ぎだ。このデザインで頼む”と仰って。大変驚きましたけれど、自分でお考えになったようで随分大まかなものをお持ちになったのですよ。それから何度も細部の手直しを加えまして、この馬車になったのです。本当に、よく、出来あがりました」