―――困らせないでと言われても、わたしもまったく困るのだけれど。

今しか練習できないのに―――



抵抗むなしく、すいすい軽々ステップを上がり難なく馬車の中まで運ばれてしまう。

椅子の上にふわりと下ろされたので、不本意だけれどお礼を言おうと見上げると、真剣さが消えた普段通りの柔らかな微笑みが映った。



「・・・成程、ね。全くだ。私にはアランの気持ちがよく分かるよ」

「・・・え?」


アラン様の、何の気持ち?



「いや、何でもないよ。すまないね、此方の話だ。気にしないでくれ―――」

「パトリック、ご苦労だった」



教えて欲しくて問いかけようとした声は、外からのテノールな響きに掻き消された。

パトリックさんは役目が終わったとばかりに肩をすくめ、馬車から降りていく。



「アラン、お疲れ」

「・・・世話を掛けたな」

「あぁ、私は護衛だからな、当然のことだ――――先に言っておくが。気にするなよ」



外から二人の話し声が聞こえてくる。

気にするなって何のことかしら・・・。

二、三会話を交わしたあと、ふんわりといい香りを伴ってアラン様が入ってきた。

手にはメイドさんたちからいただいたお祝いの籠を持ってる。


そういえば、御者さんに持って貰ったままだったっけ。



「これは、君のものだな?外で渡されたのだが、彼は少々困った顔をしていたぞ?」

「・・・ごめんなさい。忘れていたわけではないの・・・」


・・・せっかくの素敵な贈り物だもの。

受け取る機会を奪われてしまっただけで・・・。


「ありがとうございます」


手渡された籠には、大小様々だけれど綺麗なお花が彩りよくハートの形に盛られてる。

いい香りを放ってるのは、ピンクのお花みたい。

なんて名前なのかしら。



「これ、メイドさんたちにいただいたんです。お祝いですって。とても素敵でしょう?」


良かったな・・と言いながら隣に座ったアラン様。

素っ気ないお返事。

普段から無口だけれど、なんだか様子がおかしいように思える。

腕を組んで真正面を向いたままこちらをまったく見てくれない。

何かを考え込んでるようなその雰囲気が、なんだか機嫌が悪いように思えて心配になってしまう。


もしかしたら、アルスターさんとのお話が上手くいかなかったのかもしれない。

やっぱり、わたしが一緒にいたから?

“気にするな”ってそういうことなのかも。



「アラン様、次はどこにいくのですか?」



そろそろ教えて欲しい。

それに、こちらを向いていつものお顔を見せて安心させて欲しい。

そう願いつつアラン様の服の袖を掴んだ。