とても大きな車体。

アラン様の体格に合わせて作られた専用の馬車。

気をつけよと言われたステップの高さを確認して、一気に不安になる。


―――これを、のぼるの?



“王子妃たるもの、いつでもどこでも楚々とし上品に”


何度も繰り返し言われた言葉が頭の中で木霊する。


それは膝と同じくらいの高さにあって『楚々と上品に昇る』なんてことはどうにも至難の技に思えた。



アラン様の大きな手が身体の側を行ったり来たりしてて、たまにぴくんと大きく動くのが分かる。

横でボソボソと何か呟いてるのが聞こえてくるけれど、今はそれどころじゃない。

ヒールも高いし、それにドレスの裾も余裕がなくて―――


よろめいていたら、我慢ならなくなったアラン様が抱き上げようとしてるのに気付いて「自分であがります」と、伸びてきた腕を懸命に制した。



これから先何度もこの馬車に乗るのだもの。

慣れておかないと―――



頑なに制したつもりだけれど、逞しい腕は全く引っ込んでくれなくて難なく抱えられてしまった。



「アラン様、わたし自分で出来るわ」


「全く・・・。危険だと、先ほどから申しておるだろう。仕方あるまい・・・足元気をつけよ」



ため息交じりにそう言われ、ステップの上に慎重に下ろされて、自分で馬車の中へ入り込む。




―――あの日と全く変わらない馬車の中。

ふんわりとした椅子と肉厚な壁。

柱付けのランプに火がともされてて、中は仄かに明るい。

変わったのは、二人の関係だけ―――



君の席はここだ、と誘導されて前と一緒の場所に身を沈めると、あたたかい掌がそっと重ねられた。

胸がトクンとなる。


逞しい腕に包まれてドキドキしたあのときのことが鮮明に蘇ってくる。


シルヴァの屋敷から城に戻るまでの道のり。



とても強引だったアラン様。

支えられた腕の力がとても強くて、男の方なのだと改めて感じた瞬間だった。

首に触れる唇と見つめてくる瞳はとても優しくて・・・。


あの時のわたしは、勘違いしないようにって懸命だったっけ。


アラン様は覚えてるかしら―――?