下睫毛からこぼれ落ちた涙を親指が優しく拭う。


「泣かせてすまぬ・・・」


だんだん冷静になってきて、感情のままに言ってしまったことと、泣いたことが急に恥ずかしくなる。

俯きがちにしていたら、掌が頬をすっぽりと覆って上向きに固定された。

さっき笑みを含んでいた瞳は既に変わっていて、僅かに上がっていた口角も歪んで、きゅっと引き結ばれた。

暫くの沈黙のあと、形のいい唇が動き始める。

耳が痛いほどの静寂の中、アラン様の声だけが天蓋に響いた。



「・・・私には、君だけだ」



変わらない真剣な表情。

その視線がふと下に動いて、聞き取れないほどの小さな呟きがもれた。

それはとても掠れていて、普段なら届かない大きさだけれど、真夜中の澄んだ空気の中では、しっかりと、わたしの鼓膜を揺らした。



「・・・私が、常に触れていたいと願うのは・・・君の、この柔らかな肌だけだ・・・」



ナイトドレスの裾を掴んでるわたしの手の甲を、武骨な指先がツーっと撫でる。

くすぐったくて反射的に逃げると、すかさず捕まえられた。

小さな手は、大きな掌にすっぽりと覆われる。




「・・・エミリー、君は今、非常に不安定な次期にある」



今度の声は普段のものに変わっていて、とても力強い。

いつもの、耳に心地よく響く声。


てのひらの中にぎゅぅと仕舞いこまれてる指。

その隙間に長い指が差し込まれて、一本ずつ解しては丁寧に伸ばしていく。



「それは、私とて十二分にわかっておるつもりだ。各方面からも忠告を受けておるゆえ。・・・先程の感情の吐露もその一環だと、考えておる。君はご両親から離れておるし、ましてやここは異国の地だ。君にとっては、不安要素もさぞ多いことだろう。塔の中に居ってもいろんな事柄が耳に入る。気をつけてはいるが、人の口には扉は付けられぬゆえ」



君が、密な予定で疲れておるのも十分わかっておる・・・と、伸びきった指を掌がさらさらと撫でた。



「全てとは言えぬが、様々にわかった上で――――――改めて申す。よく、聞くが良い」



大きな掌が手首を下から支えて、目の高さに掲げた。

薄明かりに晒された細いリングが鈍い光を放つ。

それを、武骨な人差し指がつるりと撫でた。

繊細な模様が手首の上でふるふると揺れる。

真摯な色に染められたブルーの瞳は、リングと同じように光りを放って、じっとこちらを見ていた。




「―――今、このリングと、今宵の月に誓って申す。私は、君を泣かせるようなことなどは、何一つとしてしておらぬ。過去も、現在も、この先も、だ」


「はい・・・ごめんなさい。アラン様、わたし――――」


「―――静かに。謝らなくとも良い。分かっておるゆえ―――私も、必要ないことと知らせずにおったのが悪かった。君が不安に思うのは、仕方あるまい」




明日、私は皆に叱られてしまうな・・と呟いて、指先はリングを触っている。

けれど、ブルーの瞳はそこではなくて違うところを見てる。

それはわたしをも通り越していて・・・。

どこか遠くを見つめてるような、遠い瞳。


パパが時々こんな目をする。

“昔を思い出していたんだ”

尋ねたわたしにそう答えてくれたっけ・・・。


物思いに耽るアラン様は、気のせいか、哀しそうに見える。



―――今、何を思い浮かべているの?

アラン様の心の中を覗きたい。

もっと貴方のことを、知りたい――――