開け放してあった扉から今にも出ていきそうな所を、走り寄って袖を捕まえて、なんとか引き止めた。


婚約者が元気がないというだけでいちいち連絡を受けてたら大変だもの。

ただでさえ忙しい身なのに・・・。


大丈夫だから、と精一杯に笑顔をつくって向けると、渋い顔をしながらもなんとか納得してくれた。

けれど、まだ訝しく思ってるみたい。

切れ長の瞳が何度もこちらに向けられる。




でも―――・・・ふと、思う。

『城の中が暗くなる』

なんて。

いったいどういうことなのかしら・・・。


いろんな方から事あるごとに言われるこの言葉。


フランクさんにも、メイにも言われたことがあるわ―――



“君がいないと、城の中がどんよりと重くなるんだ”



そういえば、あの時も。

シルヴァの屋敷で、パトリックさんがこう言ってたっけ。


アラン様のご機嫌のせいだとも自分のせいだとも言ってたのを思い出す。


わたしひとりの動向が、城の空気とか、アラン様の機嫌とかに影響を与えるだなんて、ちょっとやっぱり信じられない。


だってアラン様は、いつだって冷静なんだもの。

キスのときも、ベッドのなかでも、わたしを叱るときでさえも。

表情は変わるけど、気持ちの浮き沈みはあまり見えないのだから。






壁の灯りが順番に点されて、薄暗かった部屋がほんわりと明るくなった。


西の空に僅かな色を残していた夕日もすっかり沈み込み、代わりに二つの月が柔らかな光で闇を照らし始める。


今日も月の間には距離がある。

リンク王様とシェラザード様の月。



「シェラザード様、あなたは寂しくないの?」


――――愛するお方と、こんなに長い間離れてるのに―――


“貴女は私と似ています”


似てなんて、いないわ。

わたしは、あなたみたいに強くない・・・。



猫脚テーブルの上に目を向ける。


急いでてすっかり仕舞い忘れていた読みかけの本。

手に取って開くと、銀のしおりがキラリと光った。


薔薇の花の部分を指先でそっと撫でる。

繊細に彫られた綺麗な花弁と、威厳をたっぷりと持ったブルーの瞳が重なる。



「・・・アラン様・・・」



ピンク色の唇から洩れた声に、切ない色が滲む。

急に、会いたくなってしまった。



―――今頃はまだ執務室でお仕事中かしら。

それとも―――――



さっきジェシーさんが内緒で教えてくれたこと。

実はちょっぴり気になってる。

気持ちが沈んだ原因のひとつでもあった。


確かめたい・・・。