それはとても広い範囲をなぞっていて、指の軌跡の通りなら左の頬全部が隠れてしまう。


「ひどいお怪我したんですね・・・」


せっかくの晴れの日なのに、と気の毒に思っていると、ジェシーさんはちらっとリリアさんを見た後声を潜めて、違うんですのよ、と言ってクスクスと笑った。

リリアさんは今、隅の方で年嵩の方に「場所をわきまえなさいな」って宥められてて、しきりに頷いている。「いくら親しくさせていただいててもですねぇ―――」なんて言ってるのも聞こえてくる。



「・・・ひどい怪我、ではありませんの。縦に長いだけと申しますか。血は少しだけ滲み出た程度で、大したことはなかったんですの。“ミミズ腫れになっててカッコ悪いから”って本人が隠したがったそうですわ。まぁ、当然ですわよね」



親族や友人たちの前ですもの、と茶目っ気たっぷりにウィンクをしてくるジェシーさんは、とても楽しそうに見える。



「ひどくなくて、縦に長い傷・・・」



故郷にいた頃、シャルルのしっぽにいたずらしてて、爪でカリッと引っ掻かれたことを思い出した。

あのときは、ぷっくりとした細長い傷が3本位ついたっけ。

ヒリヒリとして痛かったことを覚えてる。

それと、似たようなものなのかも。

それが頬に・・・とっても、痛そう―――




「そうなんですの。数本のなが~い傷が・・・くっきりとココに。独身の夜をめいっぱい楽しんだ代償ですわ」



頬の上を、人差し指がすーと動き、こめかみ辺りから顎のあたりまでの線を描いた。



「独身の、夜・・・」

「そうなんですの。リリアの御主人曰く『男のロマン』らしいですわ。・・・本当なのか言い訳なのか知りませんけど、殿方は皆、そうするらしいんですの。淑女ならば、黙って見過ごすものなんですって」



私も気をつけなければ、と呟くとさらにずいっと顔が近付いた。

目の前に、キラキラと輝くブラウンの瞳があって、なんとなく後退りをしてしまう。

構わずに、さらにジェシーさんは近づいてくる。

その表情はきらきらと輝いていて、嬉々としてるように見える。


ジェシーさんって、結構うわさ好きなのかも・・・尋ねたのは間違いだったかしら。



「それで、何で分かったかと申しますとですね。結婚式の練習で会った彼が、いつもと様子が違ってたんですって。リリアは、それを訝しく思って問い詰めましたの。女のカンですわね、『まさか』と思ったんですって―――そうしたら、よせばいいのに白状してしまったんです。で、怒ったリリアが、こうですわ」



最大限に声を潜めて話すジェシーさんの働き者の指が、鉤型を作って“ガリ”と引っ掻く仕草をした。

驚いて、思わず大きな声が出てしまう。


「リリアさんが?」