瞳の中の月が滲んでいき、握られた拳が行き場のない憤りを発散するかのように、壁に打ち付けられた。
何度も何度も殴り、額を壁につけて悔しげに舌打ちをした。
ドンドンと響く尋常ではない音に反応し、警備兵が扉の外から声をかけてきた。
『アラン様、いかがなされましたか!?大丈夫で御座いますか!?』
「気にするな。何でもない」
アランは灯りもつけずに主のいない部屋の中を進み、テーブルの上に包みを置いて、ソファに座った。
この部屋のどこを見てもエミリーの姿が現れては消える。
「エミリー、伝えたいことが山ほどもあったのに。何故あのとき―――全く・・・私は、情けないな」
「アラン様―――」
さらりと衣擦れの音がして、小さな声がシフォンの中から聞こえてきた。
その声の主は、アランが部屋に入ってきた時から気配に気付いていたが、あまりにも普通ではない様子に、声を出す機会を失っていたようだった。
余程思い切って出したのか、声が少し震えていた。
「アラン様・・・」
驚きのあまり、ブルーの瞳が大きく見開かれていく。
シフォンがゆらりと揺れ、美しい手が天蓋の外に出てきた。
「そこにいるのは誰だ!?誰の許可を得て、そこに居る!?」
「アラン様・・・私です。マリアです」
シフォンのカーテンを揺らし、マリア姫がしずしずと遠慮がちに出てきた。
ソファから立ち上がったアランが鋭い声を出し、マリア姫を見据えた。
「出て行って貰おう。ここは正室の部屋であり、今はエミリーの部屋だ。マリア姫が来る所ではない。全く、警備兵は何をしておったのだ」
やんわりと背中を押され、今にも追い出されそうになり、マリア姫は慌ててポケットの中のモノを取り出して見せた。
「警備兵の方は、これを見せたらあっさりと入れてくれましたわ」
「これは・・・何故、これをマリア姫が持っておる」
マニキュアの指先が摘まんでいるのは、銀の鍵。銀の箱はないが、紛れもなくあの扉の鍵だった。
「これは、エミリーさんに戴きましたの。この鍵は、私が持つべきものだと仰って。貴賓館までわざわざ持って来て下さったわ」
「エミリーに貰った、と申すのか?」
「えぇ、彼女は分かっておりますの。私こそが、アラン様の妃に相応しい者だと。彼女はそう認めて下さったわ。アラン様のことを頼むと仰って――――だから・・・ねぇ・・・お分かりになりますでしょう?」
マリア姫はヒタリと身体を寄せ、逞しい胸を、マニキュアを塗った美しい指先でツーっと辿った。
何度も何度も殴り、額を壁につけて悔しげに舌打ちをした。
ドンドンと響く尋常ではない音に反応し、警備兵が扉の外から声をかけてきた。
『アラン様、いかがなされましたか!?大丈夫で御座いますか!?』
「気にするな。何でもない」
アランは灯りもつけずに主のいない部屋の中を進み、テーブルの上に包みを置いて、ソファに座った。
この部屋のどこを見てもエミリーの姿が現れては消える。
「エミリー、伝えたいことが山ほどもあったのに。何故あのとき―――全く・・・私は、情けないな」
「アラン様―――」
さらりと衣擦れの音がして、小さな声がシフォンの中から聞こえてきた。
その声の主は、アランが部屋に入ってきた時から気配に気付いていたが、あまりにも普通ではない様子に、声を出す機会を失っていたようだった。
余程思い切って出したのか、声が少し震えていた。
「アラン様・・・」
驚きのあまり、ブルーの瞳が大きく見開かれていく。
シフォンがゆらりと揺れ、美しい手が天蓋の外に出てきた。
「そこにいるのは誰だ!?誰の許可を得て、そこに居る!?」
「アラン様・・・私です。マリアです」
シフォンのカーテンを揺らし、マリア姫がしずしずと遠慮がちに出てきた。
ソファから立ち上がったアランが鋭い声を出し、マリア姫を見据えた。
「出て行って貰おう。ここは正室の部屋であり、今はエミリーの部屋だ。マリア姫が来る所ではない。全く、警備兵は何をしておったのだ」
やんわりと背中を押され、今にも追い出されそうになり、マリア姫は慌ててポケットの中のモノを取り出して見せた。
「警備兵の方は、これを見せたらあっさりと入れてくれましたわ」
「これは・・・何故、これをマリア姫が持っておる」
マニキュアの指先が摘まんでいるのは、銀の鍵。銀の箱はないが、紛れもなくあの扉の鍵だった。
「これは、エミリーさんに戴きましたの。この鍵は、私が持つべきものだと仰って。貴賓館までわざわざ持って来て下さったわ」
「エミリーに貰った、と申すのか?」
「えぇ、彼女は分かっておりますの。私こそが、アラン様の妃に相応しい者だと。彼女はそう認めて下さったわ。アラン様のことを頼むと仰って――――だから・・・ねぇ・・・お分かりになりますでしょう?」
マリア姫はヒタリと身体を寄せ、逞しい胸を、マニキュアを塗った美しい指先でツーっと辿った。