「な―――何を申しておる!?」


「わたしは、もう塔に戻れないの。ここに居るべき者ではないの」


エミリーの頭がふるふると横に動いている。


――聞き間違えだろうか――エミリーは何を申しておる?

部屋に戻らないと、帰らないと?

私の大切な・・・二度と我腕から溢さぬと、一生護り抜くと決めた、ただひとりの、我が命より大切な者―――


アランは自分の耳を疑いながらも、華奢な肩を掴み、哀しげに微笑むエミリーの顔を除き込んだ。



「ここを出て、何処に行くと申す?行くな・・・何処にも行ってはならぬ。もしや、君はまだ、身分のことを気にしておるのか?」


アメジストの瞳の中の、アランの顔が霞んでいく。

声を出すことも出来ず、ただ首をふるふると振っていた。



――違うの・・・確かにそれもあるけれど・・・わたし、帰らなくちゃいけないの。


エミリーは哀しげに自分を見ているアランを見上げ、何とか声を絞り出した。



「違うの・・・わたしがここに来た理由。それは、シェラザード様とリンク王様の願いを叶えるため。そのためにわたしは、この世界に呼ばれたの。今・・・たった今、二人の願いは叶ったわ。だから・・もうここに居る理由が無いの。わたしは異国の者。ここに居ては、いけないの」


か細い声で懸命に説明するエミリー。頬を涙で濡らしながらも言葉を紡いだ。

対するアランの表情は困惑さを増し、何とか思いとどまらせようと、懸命に言葉を探していた。



「ここに居るべき理由など、無くても良い。私はどうなる?こんなに君を欲しておるのに。私だけではない。君を好いておる者は沢山おる。君は、その皆を置いて行くと申すのか?」


「聞いて、アラン様。わたし、好きです、アラン様のこともこの国のことも」


「ならば、部屋に戻るぞ。今すぐ、正室の部屋に・・・君の部屋に、戻るぞ」



「好きだから・・好きだから、戻れないの」


そんなに哀しそうな顔をしないで―――




エミリーは精悍な頬にそっと触れた。



すべすべした肌・・・形の良い眉・・・海よりも深いブルーの瞳・・・





あなたはいつも無表情だったけれど、瞳はいつもあたたかかったわ。



もう二度と触れることはできないけれど・・・





わたし、忘れないわ・・・



あなたのこと。




この綺麗な銀の髪も・・・。




あなたに名前を呼ばれるたびに心が震えた日々。


あなたに触れられるたびに幸せになれた日々。





わたしだけのアラン様・・・



わたしだけの想い出・・・




きっと青い空を見上げるたびに、あなたを想い出すわ・・・




深い海を見るたびに、この瞳を思い出すわ―――