でも、この毛布は見覚えがある。馬車の中でアラン様が掛けてくれたもの。


”私がシルヴァの印を消す”


馬車の中でのことを思い出し、手の中の頬がすーっと熱くなっていく。


―――やっぱりあれは現実だったのかしら。

迎えの手を伸ばしてくれたのも、ここにあの唇が触れたのも、全部ほんとうに夢じゃないのね・・・?


耳元がくすぐったいような、何とも言えない感覚・・・。

あのとき、抱き締められている間、とても長い時間に感じた。

後ろ髪に差し入れられた手と背中にまわされた手で、まるで魔法にかけられたように身体の力を奪われてしまった。


唇が触れられるたびに首筋が熱くて、身体がジンと痺れて―――


長く美しい指が震えながらそっと耳元を辿る。

まだ鏡で確かめていないけれど、この辺りに、アラン様の紅い刻印がある。

コレが消えるまで、わたしはアラン様の―――


シルヴァの屋敷でずっと堅く閉ざしていた心。

その冷たく渇いた心に、ポッと灯がともるように、ほんわりとあたたかくなっていく。

思い返すだけで、こんなに幸せな気持ちになるなんて・・・。

ほんの少しの間なら夢を見ていてもいいわよね?

アラン様に抱き締められたこと。

この幸せな想いは、コレが消えるまでは・・・。


でも、アラン様はそれ以上は何もしてくれなかった・・・わたしが泣いたせい?

ううん、違う―――

きっと、アラン様には、高貴で素敵な婚約者がいらっしゃる。

あんなに素敵な王子様だもの。そんな話は引く手あまたに舞い込んでくるはず。

わたしなんて足元にも及ばないような、生まれながらの高貴なお方がいるはず。


その方をお迎えになるまでに、わたしはアラン様への想いを絶たないと・・・

そうしないと辛い・・・


きっとアラン様は、屋敷でシルヴァの印を気にしていたわたしのために、こんなことをしてくれたんだわ。

何度も触れた唇もわたしへの労わりの気持ちからで。

”大切に思っておる”

この言葉も兄が妹に向けるようなもので、決して深い意味はない。

何か意味があるなんて思ってはいけない。

そんなことは、おこがましすぎる・・・。

わたしはあの方にとっては妹のようなものだもの。


でも、例えそうだとしても、抱き締めてくれた腕はとても優しくて、唇はとても熱くて・・・


あの時間はとても、幸せだった―――