”エミリーが目覚めたらすぐに知らせに参れ。それからこの身体に何を見つけたとしても、決して騒ぎ立ててはならぬ”

そう言い残してアラン様は部屋を出ていかれた。

ずっとベッドの傍らにいたけれど、時計を見たあと素早く立ち上がって、天蓋のカーテンを閉めて行ってしまった。

それにしても”身体に何を見つけても騒ぐな”ってどういうことかしら。

あの美しい身体に一体何があるというのだろう。

まさか、何か酷い目にあわされていて、あの毛布の下の身体に酷い傷があるとか。

まさか―――っ!?アラン様がエミリー様の身体を妙に丁寧に毛布に包んでいたのが思い返される。


メイの逞しい想像力があらぬ方へ進んでいく。今までどこでどんな酷い目に合っていたのか。

刃物を持った男に脅されたり、鞭を持った男に無理やり働かされたりする姿を想像するメイ。

どんなに怖かっただろう、どんなに辛かっただろう、想像するだけで胸が痛む。

この毛布の下にどんな傷があろうと、敬愛する気持ちは変わらない。

いつの間にか瞳からは大粒の涙が溢れ、そっとカーテンを開けていた。

毛布から覗く白い手を見つめた。

この手はさっきまでアラン様が握っていた手。

こんなに美しい手を働かせるなんて、なんて酷い―――


「・・ん・・・」

小さな呻き声を出し、毛布の中の身体が身動いで寝返りをうった。

横を向いた身体にブロンドの髪が脇に流れ落ち、首筋が露わになる。

「―――っ!あ・・まさか、コレのこと?」

見つめるメイの瞳が一瞬点になり、その直後頬が真っ赤に染められた。



「アラン、これがリングの鍵だ。彼は、実に大人しく差し出してくれたよ」

執務室の中、パトリックは不敵な笑みを浮かべながら小さな鍵を机に置いた。

「穏便に済ませただろうな?私とて心の中では何度も刃を向けていたが、彼はサルマンの跡取りだ。罰したくとも簡単には行かぬ」

「もちろんだ。しかし、彼女につけた傷についてはどうにも許し難くてね。少しお仕置きをしてきた。今頃困ってるだろう―――」



―――サルマンの北屋敷、夜の庭でシルヴァは一人佇んでいた。

私は王子を甘く見すぎていたようだ

シルヴァは馬車に乗りこみ、もう一度広大な屋敷を仰ぎ見てため息を吐いた。

そして馬車の扉を閉め「屋敷に戻る」と短く命じた。

と同時にガタン!と音を立て、大きく沈み込む車体。

そのショックに体が椅子から大きく投げ出され、頭を向かいの椅子に強く打ち付けた。

「ぅ・・・一体何が」

頭を押さえながら窓の外を見ると、車輪がコロコロと転がっていくのが見える。

急いで馬車を降りると、車輪がすべて外れてしまっていた。


脳裏に浮かぶのは、パトリックが屋敷を離れる際に見せた忌々しい不敵な笑み。

「チッ!・・・パトリックめ!」