「今から仕事があるから、私はこれで。」
そう言って翠さんが立ち上がる。
「傍に、いてあげてね。……いつ目を醒ましてもいいように」
「「「はいっ」」」
「ふふ。ありがとう」
そう言って、翠さんは病室から出て行った。
「…なんだか、優しそうなお母さんだね」雫が言うと、
「だって、陸翔のお母さんだもん」
と水野くんが言った。
「なるほどね」
雫は優しく笑った。
陸翔?
陸翔は、たくさんの人にこんなにも愛されてるね。
陸翔は、幸せ者だね。
それから一週間後。
陸翔はまだ眠ったままだけど、私はいつ陸翔が目覚めてもいいように毎日病室に通っている。
朝の面会開始時間から、夜の面会終了時間までずっと病室にいる。
時々、先生がやって来たり陸翔のお母さんがやって来たり、クラスの人たちがやって来たり。
たくさんの人が陸翔のお見舞いに来てくれている。
陸翔の人望の厚さに、すごく嬉しくなった。
ねぇ、陸翔。
たくさんの人が陸翔を心配してるよ。
たくさんの人が、陸翔の目覚めを待ってるんだよ。
だから………
だから、早く目を醒まして……?
私、ずっと待ってるんだからね。
今日は7月下旬。
だんだんと日差しが強くなり、暑くて仕方ない毎日が続く中、私は毎日病院に通う。
陸翔に会うために。
私は今日も陸翔の横で夏休みの宿題をする。
私は今日も、陸翔に話しかける。
病院の先生も、話しかけるといいって言ってくれた。
「陸翔?私ね、まだ言ってなかったけど夏美と話したよ。
夏美、私のこと“大切”だって。
泣きながら、謝ってくれたの。
だから、許しちゃった。
謝ったって、美波はかえって来ないし事故の前には戻れない。
逆に、私が許さなくても何も変わらない。
だから、許しちゃった。」
「それからね…それからっ……」
ねぇ、陸翔。
早く起きてよ。
いい加減、目を醒ましてよ。
私、ずっと待ってるのに。
陸翔はずっと眠ったまま。
「早く、起きてよ…………………」
翠さんも、水野くんも、雫も、クラスのみんなも、先生も…………私も、ずっと待ってるから。
いつ、起きてもいいんだよ。
だから、早く起きなよ。
「き、今日はね、好い天気だよ」
私は涙を拭いながら、陸翔に話しかける。
今日は夏真っ盛りな暑さ。
日差しも強く、太陽はギラギラと照りつけている。
、
「いやーーーーーっ!!!!!!」
行き交う交差点で、可愛らしい声が聞こえた。
だけど、それは叫び声で。
それでも、その声は車やトラックのクラクションの音には負けないくらいの大きな声で。
一体、誰の声………?
わかった。この声は、可愛くて、暖かい、ずっと聞きたかった声だ。
美和の、大好きな美和の声だ。
やっと、やっと聞けたのに――――……
俺、もうだめかもしれない。
ごめんな、美和。
こんな頼りない彼氏で。
「陸翔っ!陸翔っ!」
俺の名前を呼ぶ、愛しい声が聞こえる。
その声が、ずっと聞きたかった。
名前を、ずっと呼んで欲しかったんだ。
だけど、俺の名前を呼ぶ美和の顔が見れなくて残念。
目、開かないや。
まぶたが重くて仕方ない。
眠たくて、仕方ない。
ごめん、美和。
……………疲れちゃった。
俺、ちょっとだけ寝るね。
すぐに、起きるから。
それまで待っててね………?
「……ねぇ、陸翔?」
ん…?美和?
今日も、話しかけてくれてるのか。
やっぱり美和は、優しいね。
俺なんかのために毎日病院に来てくれてるなんて、嬉しすぎるよ。
今日はどんな話を聞かせてくれるの?
“今日は好い天気だよ”
そうなのか。
“聞いて!今日は水野くんが……”
ははは、直人らしいな。
“雫ってばね、泣いて喜んでくれたの”
美和は良い友達を持ったんだな。
毎日毎日、ちゃんと聞いてるんだぜ?
ただ、まだ疲れがとれないだけ。
ただ、まぶたが重たいだけ。
俺だって、今すぐにでも目を開けたい。
早く、美和が見たい。
真っ直ぐに美和の瞳を見て、胸のうちに溢れる思いをぶちまけたい。
“大好きだよ”って、“愛してるよ”って。
ちゃんと目を見て、言いたい。
そしたら美和が可愛い声で言うんだ、“私も”って。
そんな夢を、叶えたい。
ずっと、夢みていたんだ。
美和に、何度も名前を呼んで欲しい。
たくさん、たくさん話がしたい。
これまで出来なかった分と、これからを。
早く、早く目覚めたい。
こんなにも待ち遠しいのに、キツくて仕方ない。
もうちょっと。
……もうちょっとだけ、待ってて。
すぐ、行くから。