-キミの声が聞きたくて-

美和side


「あ!男子来たよ~。おそーいっ」
野菜片手に叫ぶ雫。


「ごめんね~」
あわてて走り寄る水野くん。

それに続いて“悪い悪い”と走って来る陸翔。


うわ、カッコいい………


パーカー似合いすぎじゃない?
いや、水野くんもだけどさ………


本当にモデルさんみたい。
水着にパーカーを羽織ってるだけなのにさまになるって言うか、絵になるって言うか………


水野くんと2人並んでると雑誌の1ページのようで。


私も雫も見とれてしまった。


「さ、準備しようか?」

水野くんの一言に、全員が動き出す。


バーベキュー、楽しみだけど……



緊張しすぎて大丈夫かなぁ……!!?








午後6時。

「「「かんぱーいっ」」」

3人の賑やかな声と、4つのグラスがぶつかる音が辺りに響く。


「ん~!おいひーっ」

笑顔で串焼きになったお肉を頬張る雫。

それにつられて私の頬も緩む。
本当に美味しい。

さすが水野くんって言うか……
うん、尊敬です。


私も一口、また一口とお肉や野菜を頬張る。


「んまいなぁ~」

陸翔も笑顔満開。
笑ってる陸翔見ると、私も嬉しくなっちゃうなぁ。



それからジュースを飲んだりして、バーベキューを楽しんだ。












「長野、ちょっといいかな……?」



水野くんが雫の手をとったのは午後7時。
辺りも暗くなり始め、夕日がきれいに水面に映っている。


「え…?//」

突然のことに焦る雫。
………もしかして、もしかする?



「ぅん……//」
戸惑いながらも頷く雫。


そうだったら、いいな。

予感、あたるといいな………



どんどん遠くなる雫と水野くんの背中。

そんな2人の背中を見つめながら、ひたすらに雫のことを願った。


すると陸翔が、
「…アイツ、長野に告るよ…」

2人を見つめながら話す陸翔。


やっぱり告白、だったんだ。
嬉しいな。


雫、両思いだったんだね。

自分のことのように嬉しかった。






雫side



ドキドキする。

直人の掴む右手が、頭が、胸が。

少し前を歩きながら私の手を引く直人。


その背中を見るだけで、ちょこっと寝癖のついた可愛い髪の毛を見るだけで、直人の姿をみるだけで……


こんなにも胸がいっぱいで、張り裂けそうで。


気持ちが、溢れ出してしまいそう。




鳴り止まない鼓動。

直人にこの音が聞こえてないか不安になった。




“ちょっといいかな…?”



直人の少し掠れたハスキーな声が頭の中でリピートされる。


何か、話があるのかな……?

何だろう……


ちょっとって、何…!?
テンパって頭の中がゴチャゴチャ。


だ、誰か助けてぇ~!!

一人焦っていると、直人が話し出した。


「俺……俺、さぁ…」


夕日に縁取られた直人がきれいで、あまりにきれいでちょっとだけウルっと来た。


「……?」




直人の言葉を待った。



美和side


「美和…」


突然、陸翔が話し出した。

「…?」
“なに…?”と言う意味を込めて首を傾げた。

「今更……今更、なんだけどさ…」


真剣な顔をして、うつむく陸翔。



「…忘れなくて、いい……」




私をしっかりと見つめて、陸翔がそう呟いた。


“忘れなくていい”……??

どういう、ことなの………??
ワケが、分からないよ陸翔。


夕暮れの砂浜に、波の音だけが静かに響く。


「ちょっと来て……」

そう言って陸翔は私の手を引き、海辺に向かうと、そこに座った。

私もそれにならって、陸翔の隣に腰掛けた。


波の押し寄せるギリギリの場所。
地平線の彼方に、沈みかけた夕日がきれいに見える。




私と陸翔の距離はわずか15センチ程度。
近くて、触れ合いそうな肩に、指先に、力が入ってならない。


緊張しすぎて、頭パンパン。







「美和は、さ……アイツの事忘れたいと思ってるだろ…?」



“アイツ”

陸翔の言うアイツ、夏美のことだよね……

久しぶりに思い出して、頭が冷たくなる感覚に襲われる。



そして、コクン。と頷いた。



「俺は、無理忘れなくていいと思う。」



え………?


「夏美ってヤツのこともだけど、なにより、美波ってヤツのこと。」


忘れなくて、いい………?

私は、忘れたいの。
私はもう、思い出して嫌な思いをしたくないの………


こんな弱い自分が、すがることしかできない自分が、人を傷つけるだけの自分が嫌なの。


あんな過去、忘れたいの。



陸翔は私に、何が言いたいの……?



陸翔も私に、“忘れさせない”って、言いたいの………?



分からない。
陸翔が、分からないよ………







突然のことに、頭が混乱して泣き出してしまいそうになる。


「…これは…これは、俺の考えだけどさ…」


陸翔がしっかりと私を見据えている。


「……」

「俺は、嫌なことがあっても、忘れないようにしてる……」


何かを思い出すように話す陸翔。

「…それは、“自分”に負けないような、“強い自分”になるため。」


強い、自分……??
嫌な思い出を、忘れないことが大切なの……?



「…俺は、ちゃんと思い出を背負って生きて行きたいって思ってる。

これは、母さんからの受け売りだけど……

“ちゃんと思い出を背負って生きて行ける人は強い人だ”って。

例えば、すごくすごく楽しい思い出を忘れないのはもちろんだけど、悲しい思い出でも、忘れたいって願いたくなるような…苦しい思い出でも…」


陸翔は、そこまで言うと唇を噛みしめた。







「ちゃんと背負って、逃げないで生きて行けば……頑張っていれば、そんな思い出に負けない“強い自分”になれるって、俺は信じてる。」


ツー……っと、暖かいものが頬を伝うのがわかる。


陸翔はきっと、私なんかより辛い思いをたくさんしてきたんだよね……?


陸翔の瞳からも静かに涙がこぼれる。

「だから、美和が重みになれるまでは、一緒に背負ってあげる……」


そう言って私の涙を人差し指で拭ってくれる陸翔。


そんな陸翔に私はコクンと頷いた。


私、忘れないよ……
ちゃんと、背負うから。

……負けないよ。






ちゃんと、背負う。


だから、だから………
陸翔に気持ちを伝えてもいい……?

ちゃんと、自分も大切にする。

雫に言われた通り、私が美波の分まで幸せになる。


たとえ、この恋が実らなくても。

私は、陸翔のおかげで強くなれる。
だから、私は充分幸せだから。


私は立ち上がり、バーベキューセットがある場所まで向かう。

「美和……?」

突然立ち上がった私に驚いた陸翔が声をかける。

だけど、その声も無視してバーベキューセットのもとへ向かう。



バーベキューセットのところには、私の携帯がある。


声が出せないから、言葉で伝える。


陸翔はパーカーに携帯持ってたよね?



私は携帯をとると、すぐにメールを作成する。



たった一行の、短いメール。