合唱の時間が終わり、おのおのが聖堂を去っていくとき、
博士が俺のところに来た。

博士は服の下につけていたペンダントをはずし、
ロケットをひらいて俺に見せた。

俺はそれを手に取った。
女性の肖像だった。

「それ、僕のお母さんなんだ。
僕のお母さんは、六歳のときに死んだ。」

俺はいすに座り、目の高さを博士に合わせた。

「それでぼくは最初、養育院に入れられたんだけど、
頭が良かったから、こっちに来たんだ。」

「そうなのか。いいな。おまえにはお母さんがいて。」

「え?」

「俺にはお母さんも、お父さんも、いないよ。
俺はおまえよりももっと小さな赤ん坊のころから、
ここと同じような僧院で育ったんだよ。」

「ミゲーレ、そうだったのか。」

「母の愛は海よりも深いって、よく言うもんな。」

博士は泣き出してしまった。
両手で涙をぬぐい続けるのだが、涙は後から後からこぼれる。
鼻汁も流れる。

俺は手の中のロケットをそっと閉じ、博士の首にかけてやった。
博士が泣き続ける間、俺は子供の頃を振り返ってみた。

俺には母親はいなかったが、まるで母親がわりのような兄者がいた。
俺より十歳ほど年上で、赤ん坊の頃からめんどうみてもらっていた。

兄者は今も山にいるだろう。
出世しているだろうか。

さんざん泣きはらし、博士が少し落ち着いた頃、俺は席を立った。

「さ、あんたたちはもう寝る時間だろう。行こうぜ。」

聖堂を出て、お互いの宿舎に向かうとき俺は言った。

「ロケットを見せてくれてありがとう。」

「うん。おやすみ。」

「おやすみ。」




(俺がqのこと話したから、博士は母親のこと打ち明けてくれたのかな?)

(お母さんがついていてくれるって思ったから、
歌えるようになったのかもよ?)

(そんな簡単なものかね?)

(まだ十歳だもんね。)

(酷だよな。)

(でも博士は頭いいから大丈夫じゃない?)

(そうだよな。あいつなら。)