「あー、博士くんはいるかい?」

チカラが集団を見渡した。
糞餓鬼博士はボーイソプラノの集団の隅で、
まるで柱に隠れるように立っていた。

「ちょっと、前へ出ておいで」

チカラは手招きした。
博士は、ほとんどおびえたような表情で、前に進み出た。

「君の声が聴こえてこなかったんだが、
音程は、わかっているかい?」

このチカラという人は、
これだけの数の人の声を聴き分けられるっていうのか?

「ちょっと、音とりをやってみようか。」

チカラがソプラノの旋律を奏でる。
後について博士は歌っているようなのだが、
声が小さくて聞こえない。

「君はもっと大きな声が出せるはずだ。ツェの音を出してみよう。」

オルガンの音に続いて博士が発声した。
その声はふるえて消え入ってしまった。

チカラは博士の両肩をつかんで、観衆の前に正面向きで立たせた。

「さあ、背筋をのばして、そんなに縮こまってちゃあ、声なんかでないぞ!」

まるで公開処刑だ。
博士と同年代の少年たちはクスクス笑っている。
博士は青ざめて震え下を向いている。

博士は歌うことも苦手らしいが、こうして人前に立たされることはもっと苦手らしかった。
チカラは決して悪気はないのだが、そういう博士の心情は想像もつかないらしい。

「さあ、元気を出して、歌ってみよう!」

博士はみなの前で合唱曲の最初から独唱させられた。
もう、きいててつらかった。

ソプラノの少年たちの冷たい視線で、博士は傷だらけになったようだった。



練習の後、博士は柱の影で泣いていた。

声もかけられなかった。