泥濘と呼ばれていた男は
どこかへ行った。

無名と、
数人の兵士が
俺たちを見張っていた。

無名は、
静かに琵琶を奏でていた。


すると、
石の階段をずかずかと
乱暴に昇ってくる音が
聞こえてきた。

見ると、ヴェロニカだった。

ヴェロニカは鬼の形相を
浮かべていた。

さっきの
蛮族の大将なんかより
よほど恐ろしかった。

ヴェロニカは、
階段の下から
追いすがってくる
雑兵を振り払って、
テラスに歩み来た。

ヴェロニカはテラスを
見渡している。

地面に転がっている
無数の修道士の骸。

略奪品を
運び出している蛮兵。

ここに
起こっている事態を
すみやかに把握していた。

テラスの脇に
捕らえられている
俺と又三郎を見つけ、
こちらに向かって歩いてきた。

ヴェロニカは
下着姿のままだった。

俺と、隣にいる又三郎を
ゆっくりと睨めた。

「修道士たちは、
みんな死んだわけ?
この人たち以外。」

ヴェロニカはなんと
蛮兵に向かって訊ねた。

「そうだよ。女。

こんなところに
来るんじゃないよ。

我々は、
この修道院以外の者には
いっさい
手を出すつもりはない。

早く家に戻りなさい。」

無名がヴェロニカに言った。

ヴェロニカは
無名を無視して
俺を睨みつけた。

「今朝、トラビスが、
私のマリアを
さらって行ったんだよ。

そして、今朝の船で
出たっていうじゃないか。」

そして言った。

「あんた、
知ってたんだね。
こういうことが
起こるって事。」

無名が
琵琶を鳴らすのをやめた。

「あんたがトラビスに
吹き込んだんだろう。

ミカエル山が襲われるって。」

無名が、首を傾け、
俺に耳を向けている。

「ちがう。
俺はそんなことは言ってない。
トラビスには、ただ、
今朝の船で、
マリアとこの山を出ろと、
そう言ったんだ。」

「どっちにしろ、
あんたは知ってたんでしょ。
こうなることは。

だからあんたと、
その横に居る餓鬼だけ、
助かったんだろう。

どうせそいつは
あんたの
愛人なんだろう?」

俺はうなだれた。

「そうだ。」

又三郎は
飛びのくように
俺から離れた。

そして俺を凝視した。