糞餓鬼博士とのヘブライ語の時間。

俺は昨日できなかったところをすらすらと訳してみせた。

「よし。ちゃんとやってきたようだな。じゃあ、つぎ・・」

博士が次の節の解説に入ろうとしたとき、
俺はすかさず

「ダビデの子孫ヨセフよ、妻マリアを家に迎え入れるのを恐れるな。
その胎内に宿されているものは、聖霊によるのである。
マリアは男の子を産む。あなたはその子をイエズスと名付けよ。
その子は自分の民を罪から救うかただからである。」

朗々と訳してみせた。

博士は目を丸くした。

「あんた、翻訳版を見たな」

「そうだ。」

「翻訳版と、原書はちがうんだ!
ちゃんと、ヘブライ語で読まなきゃあ、聖書はわからない!」

「ここの連中はほとんどヘブライ語ができないってきいたぜ?」

「そんなことはないよ!オーベール様だって、
きちんとヘブライ語で読んでるんだ」

「そりゃあ、オーベール様はそうかもしれないが、
だがな、俺はたいして必要のないヘブライ語を覚えるのに時間を割くよりも
はやく経典を読みたいし、魔法も覚えたいんだ。」

「ちがう!ヘブライ語のできない奴らはラクしてるだけなんだ!
ヘブライ語は必要だ。翻訳版を渡せ!」

博士はなぜだか興奮して、俺に小さな手のひらを突き出した。

「俺は、あんたが子供だからって、容赦なく言わせてもらうぞ。
いいか、大人はな、自分にとって必要なものを手に入れるのに、
手段は選ばない。時には卑怯な真似だってする。

それが生きるってことなんだよ!」

博士は露骨にくやしそうな顔をした。

「わかったよ!じゃあ、ヘブライ語の授業は今日で終わりだ!」

そう言うと部屋を出て行った。

(ちょっと言い過ぎたかなあ。それこそ大人気なかったかな?)

(でも博士は子供とはいってももう一人の修道士なんだから、
対等に扱ってやるほうが、いいんじゃないの?)

(そうだよな。俺もそう思って、ずっと接してきたし、
いままで博士の授業を受けてきたんだ。)