ある夜、俺は一人で、
来客用の部屋にいる
無名を訪ねた。
無名が何か目的を持って
ここにいるのか
確かめたかったのだ。
「あの歌の続き、
聴かせてよ。」
「あの歌?」
無名は窓辺に座り、
シノープの頭を撫でていた。
シノープは目を閉じていた。
「離れ離れに育った
双子の兄弟が
アテナイで
運命的な再会を果たした、
あの歌だよ。」
「ああ、あれね。」
「あの歌は、
おまえ自身のことを
うたった歌だろう?」
無名は手を上げ、
俺をそばに呼び寄せた。
俺は無名の傍らの
ベッドに腰掛けた。
「実は、
続きはまだ作ってないんだ。」
「ええ?そうなの?
続きはどうなる?
いや、どうなったんだ?」
「続きは、これからだよ。」
無名の
見えていないはずの目が
瞬間、俺をとらえた。
わずかに開かれた
まぶたの隙間から
オパールの
宝石のような瞳が
ゆら、ゆら、と揺れている。
俺はその瞳から異界へと
吸い込まれそうになる。
「アテナイで再会した、
我々のうちのひとりは、
明日、
ここへ来る。」
無名の瞳を覗き続けた。
「それは、
双子の片割れがってことか?」
無名は俺の顔に手を伸ばした。
両手で顔をつつみ、
右手の親指を、
俺の唇にすべらせていく。
「我々のうちの、ひとりだよ。」
唐突に、くちづけを受けた。
とてもやわらかかった。
舌が触れ合ったとき、
まるで
激しい頭痛のような快楽が、
脳天を直撃した。
おのずから
相手の舌を求めていく。
お互いの舌を絡めあう。
頭蓋骨の内側いっぱい
甘美で満たされ、
それが全身に広がっていった。
無名がくちびるを離すと、
俺は自分の体を
支えていることが
できなくなり、
ベッドに倒れこんだ。
涎が流れた。
それを
ぬぐうことも
できないくらいに、
甘美に支配されていた。
いまだかつて、
このような感覚は
味わったことがない。
頭の中が、ただ、
快楽だけだった。
俺の耳元に
無名の唇が触れた。
「明日の午後二時、
この山を囲む海が
すっかり引いた時、
二百騎の軍勢が
渡ってくる。
この修道院の者は
一人残らず皆殺しになる。
ただ、一人を除いて。
おまえだけを除いて。」
静かな歌のように、
俺の耳には無名の声が
心地よく聞こえていた。
だが、
無名の今話した言葉、
これは、何だ?
「どうして?」
俺は言おうとしたが、
ため息になっただけだった。
来客用の部屋にいる
無名を訪ねた。
無名が何か目的を持って
ここにいるのか
確かめたかったのだ。
「あの歌の続き、
聴かせてよ。」
「あの歌?」
無名は窓辺に座り、
シノープの頭を撫でていた。
シノープは目を閉じていた。
「離れ離れに育った
双子の兄弟が
アテナイで
運命的な再会を果たした、
あの歌だよ。」
「ああ、あれね。」
「あの歌は、
おまえ自身のことを
うたった歌だろう?」
無名は手を上げ、
俺をそばに呼び寄せた。
俺は無名の傍らの
ベッドに腰掛けた。
「実は、
続きはまだ作ってないんだ。」
「ええ?そうなの?
続きはどうなる?
いや、どうなったんだ?」
「続きは、これからだよ。」
無名の
見えていないはずの目が
瞬間、俺をとらえた。
わずかに開かれた
まぶたの隙間から
オパールの
宝石のような瞳が
ゆら、ゆら、と揺れている。
俺はその瞳から異界へと
吸い込まれそうになる。
「アテナイで再会した、
我々のうちのひとりは、
明日、
ここへ来る。」
無名の瞳を覗き続けた。
「それは、
双子の片割れがってことか?」
無名は俺の顔に手を伸ばした。
両手で顔をつつみ、
右手の親指を、
俺の唇にすべらせていく。
「我々のうちの、ひとりだよ。」
唐突に、くちづけを受けた。
とてもやわらかかった。
舌が触れ合ったとき、
まるで
激しい頭痛のような快楽が、
脳天を直撃した。
おのずから
相手の舌を求めていく。
お互いの舌を絡めあう。
頭蓋骨の内側いっぱい
甘美で満たされ、
それが全身に広がっていった。
無名がくちびるを離すと、
俺は自分の体を
支えていることが
できなくなり、
ベッドに倒れこんだ。
涎が流れた。
それを
ぬぐうことも
できないくらいに、
甘美に支配されていた。
いまだかつて、
このような感覚は
味わったことがない。
頭の中が、ただ、
快楽だけだった。
俺の耳元に
無名の唇が触れた。
「明日の午後二時、
この山を囲む海が
すっかり引いた時、
二百騎の軍勢が
渡ってくる。
この修道院の者は
一人残らず皆殺しになる。
ただ、一人を除いて。
おまえだけを除いて。」
静かな歌のように、
俺の耳には無名の声が
心地よく聞こえていた。
だが、
無名の今話した言葉、
これは、何だ?
「どうして?」
俺は言おうとしたが、
ため息になっただけだった。