「何をしていたんだ?」

俺は訊いた。
無名は
その問いには答えない。

俺に向かって、
右手を伸ばしてきた。

俺の顔に、
触れようとしている。

俺はその手を取り、
自分の顔に触れさせた。

「ミゲーレはどんな顔だ?」

そう言いながら、
両手で俺の頬を覆う。

両手の親指で
俺の額や眼窩や鼻を
なぞっていった。

「これは火傷の跡か?」

あらためて
俺の左の頬を
人差し指でなぞっていく。
まるでそこに文字でも
浮き出ているかのように。

「そうだ。」

無名は微笑を浮かべた。

「これは、自然の火で
焼かれたのではないな。

魔法の火で焼かれたか?」

「タナトスと戦ったんだ。」

「タナトス!?」

無名の微笑が消えた。

「倒したのか?」

「いや、
タナトスが
消えることはない。

ただ、その場はなんとか
しのいだという感じだろう。」

無名は、俺の火傷の
ひろがっている首のほうまで
指をすべらせた。
そしてまた
穏やかな微笑を浮かべた。

「それでも、
タナトスと戦って、
生き残ったとは
たいそうなことだ。

おまえはどんな
魔法が使えるんだ?」

「全般。治癒の力もある。」

「ほう、治癒とは、
どの程度のものなら治せる?」

「そうだな、
瀕死の怪我を負った
状態であっても、
時間をおかなければ
全快させることができる。」

無名はなぜだか、
満足そうに何度かうなづいた。

無名の肩の上でシノープの
大きな二つのまなこが
俺を見ている。

そして、一度瞬きをした。

無名はふたたび
シノープを優しくつかんで
頭に唇をつけた。

そして何か
俺のわからない言葉を
つぶやいたようだ。

その後、放り投げた。
羽ばたく翼が
空気をかく音がした。
梟は大地目指して
飛んでいった。