俺と又三郎は
黙って目を見合わせた。

又三郎の目は驚きと
感心で見開かれていた。

「この僕の家は、10年間、
誰にも
見つからなかったんだよ!
ほんとによくわかったね!」

「そうか、
おまえの隠れ家か。」

「そうなんだ。
だから誰にも言わないでね。」

又三郎は無名の
ばちを持つ手をつかんだ。

「言わないよ。」

無名は不思議な微笑を
浮かべていた。
その表情が、
何か意味深に見えた。


「あんたは
一体何をしてるの?
こんなところで。」

俺は無名にたずねた。

無名はまた、
琵琶を少しかき鳴らした。

そして、返ってくる反響を
体に受け止めていた。

「この建造物は
とても不思議だね。

私は諸国を巡る
吟遊詩人だが、
こんな建造物には
かつて出会ったことがない。

教会であり、修道院であり、
そして城塞でもあり、
牢獄のようでもある。」

「そうだな。
俺も最初に来た頃は
珍しくて、
よく探検していたよ。」

「いろいろな時代が
積み重なって、
まるでつぎはぎの城だ。」

「はは。そうだな。」

できることなら、
対岸から、ミカエル山の姿を
その目に見せて
やりたいと思った。

「ふうん。
そんなにすごい所かな。」

又三郎が言った。

「こいつは5歳から
ここにいるもんだから、
珍しくもなんともないんだよ。」

俺が説明した。

「そうか。
あまりに近くにいすぎて、
この場所の、
価値がわからんか。」

又三郎は少し仏頂面になった。

そのことまでも
お見通しといった風情で
無名が静かに笑った。


その夜は
宿舎に戻ってからも、
ずっと無名の
琵琶の音が
遠くで鳴っていた。