もはや音は、
目前まで近づいてきていた。

又三郎は
少しおびえたように
寄り添ってきた。

又三郎の家の小さな入り口を
ふさいでいる戸板のすぐ外に
無名の足音がした。

しばらく足音は
立ち止まっている。

なぜか、又三郎も俺も、
息をひそめた。

琵琶の音が、ひとつした。

それは
突き刺さるように響いた。

そして、もうひとつ。

それからしばらくして、
無名の声がした。

「誰かいるのか?」

又三郎は
飛び上がらんばかりに
驚いた。

「無名か?」

俺は応えた。
そして戸板をはずした。

無名の足元が見えた。

「ミゲーレか。
又三郎もいるな。」

俺はローブを身に着け
外に這い出た。

無名が言った。

「お前たち、
何をしているんだ、
こんなところで。」

「それは
こっちのセリフだよ!」

又三郎も俺に続いて外に出た。

「なんで僕たちがいるの、
わかったの?」

少し気味が悪かった。

「これだよ。」

無名は琵琶を鳴らした。
琵琶は不響和音を奏でた。

「音の反響で、全部わかる。」

「どうやって?!」

又三郎が不思議がる。

「お前たちも、
耳を澄ましてごらん。」

無名はそう言って、
力強くばちを鳴らした。

狭い通路に伸びた階段に、
音が響く。

「たしかに響くけど、
これで何がわかるの?」

又三郎が訊く。

「通路の長さ、幅、方向、
天井の高さ、
階段の一段一段の高さ、数、
壁や床の材質。
壁の向こうがわの構造。」

「すごい。それで、
僕たちがいるのが
わかったの?」

「そうだよ。壁の中に、
生きてる人間が
二人いたから、
不思議だったんだ。」