又三郎は
俺の立てた両足の間に
背をもたれて座っていた。
ここは又三郎の家だった。
俺はこうやって又三郎を
自分の体に
重ねるようにして
抱いているのが好きだった。
又三郎は
俺の火傷の跡の残る手を
自分に引き寄せた。
人差し指から一本ずつ、
つかみ、曲げたり、
伸ばしたりしていった。
「ぎゅって、
僕の手、握ってみて。」
俺は又三郎の手を
外側から包み込んで
力を込めた。
「もう、元通りだね。」
又三郎は安堵した。
俺の両手をつかみ
自分の胸に抱いた。
「感触はどうなの?
戻ってきた?」
「どうかな?」
俺は右手の人差し指と親指で
又三郎のおとがいから顎を
なぞっていった。
「髭が、生えてきたか?」
その辺りのうぶ毛の一部が、
濃く、長くなりはじめている。
「えっ?!」
又三郎はあわてて
自分の顎をまさぐった。
「これ、そうなの?」
又三郎は軽い衝撃を
受けたようだった。
しばらく信じがたい様子で
髭になりかかったうぶ毛を
引っ張っていた。
「ああ。」
そして落胆した。
「なんだ、いやなのか?」
「やだよ。髭づらなんてさ、
じいさんみたいで。」
「剃ればいい。」
「声だって、
昔はソプラノのソロ
だったんだぜ。
それがアルトになり、
テノールになり。」
「へえ。
おまえソロだったんだ。」
「その頃の声をきかせて
やりたかったよ。」
「ふふ。
ボーイソプラノは神様の
いたずらなんだってな。
一時期だけ
与えられる天使の声。」
「神様って、残酷。」
「大人になりたくないの?」
「そんなことはないよ。
でもさ、
どんどん男っぽく
なっていくんだもの。」
「いいじゃないか、
それで。」
その時、
遠くで琵琶を
はじく音が聞こえた。
それは曲を
奏でているのではなかった。
一音だけを
一定の間隔をおいて
鳴らしている。
その音が、
徐々に近づいてきた。
「無名が、
琵琶を鳴らしている。」
又三郎が言った。
「なんだろうな、
何してるんだろう?」
俺の立てた両足の間に
背をもたれて座っていた。
ここは又三郎の家だった。
俺はこうやって又三郎を
自分の体に
重ねるようにして
抱いているのが好きだった。
又三郎は
俺の火傷の跡の残る手を
自分に引き寄せた。
人差し指から一本ずつ、
つかみ、曲げたり、
伸ばしたりしていった。
「ぎゅって、
僕の手、握ってみて。」
俺は又三郎の手を
外側から包み込んで
力を込めた。
「もう、元通りだね。」
又三郎は安堵した。
俺の両手をつかみ
自分の胸に抱いた。
「感触はどうなの?
戻ってきた?」
「どうかな?」
俺は右手の人差し指と親指で
又三郎のおとがいから顎を
なぞっていった。
「髭が、生えてきたか?」
その辺りのうぶ毛の一部が、
濃く、長くなりはじめている。
「えっ?!」
又三郎はあわてて
自分の顎をまさぐった。
「これ、そうなの?」
又三郎は軽い衝撃を
受けたようだった。
しばらく信じがたい様子で
髭になりかかったうぶ毛を
引っ張っていた。
「ああ。」
そして落胆した。
「なんだ、いやなのか?」
「やだよ。髭づらなんてさ、
じいさんみたいで。」
「剃ればいい。」
「声だって、
昔はソプラノのソロ
だったんだぜ。
それがアルトになり、
テノールになり。」
「へえ。
おまえソロだったんだ。」
「その頃の声をきかせて
やりたかったよ。」
「ふふ。
ボーイソプラノは神様の
いたずらなんだってな。
一時期だけ
与えられる天使の声。」
「神様って、残酷。」
「大人になりたくないの?」
「そんなことはないよ。
でもさ、
どんどん男っぽく
なっていくんだもの。」
「いいじゃないか、
それで。」
その時、
遠くで琵琶を
はじく音が聞こえた。
それは曲を
奏でているのではなかった。
一音だけを
一定の間隔をおいて
鳴らしている。
その音が、
徐々に近づいてきた。
「無名が、
琵琶を鳴らしている。」
又三郎が言った。
「なんだろうな、
何してるんだろう?」