ある時、ミカエル山の浜辺に
人が打ち上げられたという。

かれはまだ生きていて、
盲人だった。
琵琶をしっかりと
抱えていたという。

修道院でしばらく
保護することになった。


俺はニカイアが去ってから
また自分の部屋で寝ていた。

寝る前にせむしが言った。

「リーグヴィッツって
いうところで、
ロマリア連合軍が、
ケンタウロスの群れと戦って、
惨敗したんだってよ。」

「ケンタウロスだって?」

「上半身は人で、
下半身は馬の姿。
強力な弓矢で
襲ってくるらしいよ。」

聞いたことはあるが、
そんな怪物が
実在するのだろうか?

「リーグヴィッツには
ロマリア軍の死体の山が
うずたかく
積み上げられたんだって!
おっそろしいな。」

「本当かよ。そんなこと。」

どうせ、
こういった類の戦争譚には
尾ひれがついている
ものなんだ。


ある夜の祈りの時間、
大聖堂から
琵琶の音が聞こえてきた。

漂流してきた盲人が、
楽を奏でているらしい。
大聖堂に足を運んでみた。

そこでは
修道士たちに囲まれ
盲人が詩を吟じていた。


「汝の名はミューサ
ふたごの星に生まれるが
盲のかたわれ捨てられた

森の精霊あわれんで
盲の赤子を養った」

その声は聴く者の
体の緊張を解きほぐす。
甘美だった。

突然に
するどい琵琶の音が
その甘さを打ち砕く。
ばちが絃に叩きつけられる。

それが聴く者に
刺激を与える。


「子がことばを話した日
精霊
詩聖ホメロスに
盲の子を託す

ホメロス吟ずる
戦の歌

ミューサは聴いて覚えて
吟遊詩人」


甘美な声と激しい琵琶の音。
その緩急で詩歌の世界に
引き込まれていく。

もっと聴きたいこの男の歌を。

顔を見ると、
どうも俺やニコルと
似たような顔をしている。

まだ若いようだ。

まっすぐに伸びた黒髪が
顔の半分にかかっていた。

目はわずかに開かれ、
うっすらと覗く瞳は
不思議だった。

オパール石のように
無数の色がきらめき、
まるで
異空間の入り口のようだ。

聖堂の長いすに
足を組んで座り、その間に
大きな琵琶を抱えていた。



「月日流れてアテナイに
蛮族襲来
阿鼻叫喚
地獄の獄卒逃げ出す蛮行

老若男女皆殺し

ホメロス殺めた蛮兵が
ミューサの喉笛に
当てた切っ先の生ぬるさ

ミューサは歌う蛮兵の中で
詩聖ホメロスの死を嘆く歌

蛮兵たちは涙を流し
ミューサの声に聴き惚れる

ミューサにやいばを
向けた蛮兵曰く

汝は我の兄弟なり
盲のふたごの片割れなり」