その時、作業現場から
怒号が聞こえてきた。
ニコルの声だ。

怒られている男はロメオ。
四十がらみの体の大きな奴だ。

ロメオはいつも現場監督や
ニコルに怒られている。

一言で言うと愚鈍だ。

しかし怒鳴られてもしかられても、
いつもヘラヘラ笑って、
すいませんねえ。
などと言って一向に
堪えていないようだった。

そしてまた同じ間違いを繰り返す。

今日はとんでもない方向に
石を積み進んでしまったらしい。

「時間と労力の無駄だ。」

ニコルがきつく言った。

ニカイアはその光景を見ていた。
今まで俺の話に
一切興味を示さず
まるで別の時空に
いるかのようだったニカイアが、
なぜだかしかられて
ヘラヘラ笑っているロメオを
興味深く見つめていた。

ロメオは自分が
まちがって積んだ石を
また積み降ろす作業に入った。

かがんだロメオのすねの脇には
刺青があった。
読めなかったが、
どうやら女性の名前のようだった。

「ジュリエッタ。」

ニカイアがつぶやいた。

「読めるのか?」

俺は尋ねたが返事はなかった。


ニカイアにはもう
ごく単純な作業を
やってもらうしかない。

猫車を使って現場の脇にある
粘土質の砂を作業場の近くまで
運ぶように指示した。

猫車は最初は扱いづらい。
俺はスコップで一すくいの砂を
猫車に載せた。
とってをつかんでいる
ニカイアの腕がふるえて
猫車は左右に大きく傾く。

「そのまま前に進めば
バランスが取れるぞ。」

ニカイアは前進したが
猫車はすぐに倒れ
砂は全部こぼれた。

それからしばらくの間は
そんなことを何度も繰り返した。

「まいったな、こりゃあ。」

俺は頭を抱えてしまった。
当のニカイアは
何事もないかのように
表情一つ変えない。
うまく作業をこなそうという
気持ちが一つも無いらしかった。

そうこうしているうちに
もう昼になってしまった。

ニコルが様子を見に来た。

「午前中いっぱいかかって、
一体何をやってるんだ?!
何一つできてないじゃないか!」

「まあ、今日は一日目だ。
様子を見ながらやろうじゃないか。」

俺は言った。

「それにしたって、
資材を運ぶこともできないのか?」

ニコルはニカイアに言った。
それから俺に向かって言った。

「ミゲーレ、おまえに任せたんだ。
しっかり仕込んでくれないと困る。」

「わかったよ。
さあ、飯にしよう。」

食堂に向かった。