ある夜の祈りの時間、
空中回廊で
海に向かって
立っている
トラビスを見た。
俺は小声で話しかけた。
「この前、
ゲドウの見送りに
行ったとき、
たまたま
マリアに会ったんだ。」
トラビスは声も出さずに
俺を凝視した。
「おまえの言っていた、
マリアの隠れ家で。
おまえに
会いたがっていたよ。」
俺を見つめている
トラビスの瞳に
悲しい色がうかんだ。
このごろトラビスとは
部屋も同室で、
仕事も一緒だが、
この深い緑色の瞳を
改めて見るのは
久しぶりだった。
トラビスはゆっくりと
視線を海に移していった。
トラビスの横顔は
さびしく沈み込んでいった。
「どっちにしても
一回、会ってきた方が
いいと思う。」
俺はささやいた。
「何度か娼館で、
彼女を抱いたが、
しだいに
単なる欲望を
満たしているだけの
自分がいた。」
トラビスは静かな声で
話した。
「それに気づいて、
もうやめようと。」
「だが、マリアは
おまえを待ってる。」
トラビスは黙した。
「おまえは、
過ちを犯したと
思っているか?」
海に向いていた
トラビスが俺を見た。
「そう、思っている。」
「信仰を、
捨ててはいないんだな。」
「そうだ。」
俺は海に背を向け、
空中回廊の無数の柱を
装飾している、
壁面の彫刻に
目をやった。
不思議な、
得体の知れない
生き物の姿がいくつも
彫られていた。
「俺は思うよ。
童貞のやつに、
説教なんか
されたくないって。」
「えっ?」
トラビスが俺に向いた。
「女を抱いたこともない奴に
何が解るんだよ、
とか思っちゃうんだけど。」
トラビスの瞳が
俺の話に興味を示した。
「釈迦にも子供がいたって
知ってる?」
「知ってるよ。
釈迦は自分の子供に
ラゴラ、障壁、と
名付けたんだ。」
「さすが。
よく知ってるな。
ラゴラは
大人になってから
釈迦に弟子入りするが、
赤ん坊のラゴラを
置いて出家した釈迦は、
ラゴラにとっては
いい父親では
なかったかもな。」
俺は少し歩き始めた。
トラビスも俺に添った。
そして言った。
「多くの人を救う
偉大な人は
必ずしも善き父、
善き夫では
ない場合って
けっこうあるよな。」
空中回廊で
海に向かって
立っている
トラビスを見た。
俺は小声で話しかけた。
「この前、
ゲドウの見送りに
行ったとき、
たまたま
マリアに会ったんだ。」
トラビスは声も出さずに
俺を凝視した。
「おまえの言っていた、
マリアの隠れ家で。
おまえに
会いたがっていたよ。」
俺を見つめている
トラビスの瞳に
悲しい色がうかんだ。
このごろトラビスとは
部屋も同室で、
仕事も一緒だが、
この深い緑色の瞳を
改めて見るのは
久しぶりだった。
トラビスはゆっくりと
視線を海に移していった。
トラビスの横顔は
さびしく沈み込んでいった。
「どっちにしても
一回、会ってきた方が
いいと思う。」
俺はささやいた。
「何度か娼館で、
彼女を抱いたが、
しだいに
単なる欲望を
満たしているだけの
自分がいた。」
トラビスは静かな声で
話した。
「それに気づいて、
もうやめようと。」
「だが、マリアは
おまえを待ってる。」
トラビスは黙した。
「おまえは、
過ちを犯したと
思っているか?」
海に向いていた
トラビスが俺を見た。
「そう、思っている。」
「信仰を、
捨ててはいないんだな。」
「そうだ。」
俺は海に背を向け、
空中回廊の無数の柱を
装飾している、
壁面の彫刻に
目をやった。
不思議な、
得体の知れない
生き物の姿がいくつも
彫られていた。
「俺は思うよ。
童貞のやつに、
説教なんか
されたくないって。」
「えっ?」
トラビスが俺に向いた。
「女を抱いたこともない奴に
何が解るんだよ、
とか思っちゃうんだけど。」
トラビスの瞳が
俺の話に興味を示した。
「釈迦にも子供がいたって
知ってる?」
「知ってるよ。
釈迦は自分の子供に
ラゴラ、障壁、と
名付けたんだ。」
「さすが。
よく知ってるな。
ラゴラは
大人になってから
釈迦に弟子入りするが、
赤ん坊のラゴラを
置いて出家した釈迦は、
ラゴラにとっては
いい父親では
なかったかもな。」
俺は少し歩き始めた。
トラビスも俺に添った。
そして言った。
「多くの人を救う
偉大な人は
必ずしも善き父、
善き夫では
ない場合って
けっこうあるよな。」