朝、ゲドウの工房の
扉を開けると、
ほの暗い闇の中に
青年の立ち姿があった。

その手には
巨大な人の生首を
掲げていた。



青年の表情は、
汚らわしいものを
見ているようでもあり、
悲しそうでもあった。

青年の持つ生首は、
ゲドウそのものであった。

ゲドウの自画像だった。

絵の中のゲドウは
なまなましく
死に絶えていた。

生首を持つ
青年の表情こそ、
ゲドウの自分自身に
対する感情だ。

汚らわしく、悲しい。



「完成か。」

「ああ。」

工房を見渡すと、
おおかた片付けられていた。

「この絵は法王に捧げる。」

「えっ。」

「この絵は、俺自身の手で、
ロマリアに持っていく。
今夜の船で、ここを発つ。
もともと、そういう約束に
なっていたんだ。」

「そうだったのか。」

「法王に、
親殺しの許しを請うために。」

ゲドウは完成した絵を
ながめている。

「苦戦したが、納得してる。」

「うん。」

俺は、しばらくの間、
絵をみていた。


「梱包を手伝ってくれるか?」

ゲドウに言われて、
絵をまず紙で包み、
そのあと丈夫な布で包み、
紐を掛けた。

一人で運ぶには
ひと苦労な代物だ。
他に道中の荷物もある。

「おまえ一人で行くのか?」

「ああ。」

「おまえの首を、
おまえ自身が持っていくって
わけか。」

ゲドウはふふ、と
笑った。

「今夜の船は
何時に出るんだ?」

「10時だよ。」

「見送るよ。」

「いらない。」

「だって、俺はモデルを
勤めたんだぜ。できた絵は、
全然俺の顔とちがうけど。」

「そうか?だいぶ参考には
させてもらったけど。」

俺はあんな表情を
していたのだろうか?

ゲドウに対して、
けがらわしく、悲しく、
感じていた。

それが、ゲドウに伝わった。

俺を通して
またもう一つの目で、
自分自身をみつめている
ゲドウが描かれた。

それがこの、
ゲドウとすごした
四週間だったのだ。