「なんでゲドウは
あんなこと言ったの?」

俺はぼんやりと
ゲドウの工房の方角に
目をやった。

「ゲドウはな、
見た目はおっさんだけど、
中身はまだ子供なんだ。
そんで、俺らのことが
うらやましかったんだと。」

「ええ。そんなことで?」

又三郎はあきれた。
そのあとすぐに、
又三郎の瞳に暗い影がさした。

「ミゲーレ。」

俺を見た。

「ごめんね。
あの時、僕、」

俺は急いで又三郎の顔を
両手でつかんで
くちづけをした。

愛の神キューピッドの
ような姿の中に
肉食獣のような殺意を
内包している。

それが又三郎である。

唇を離すと、
又三郎の大きな目から
涙がこぼれだした。

そして俺を抱いた。

「よかったよ。
ミゲーレ。よかったよ。
生きててよかった。」

抱く腕に力がこもる。
もうそれは少年のものではなく、
大人の男の強い力だった。

「ほんとに、ミゲーレが
生きててよかった。」

「あたりまえだろ。」

俺も抱き返した。

「こいつを現場のみんなにも
くれてやらなきゃ。」

俺は紙袋を示した。

「うん。
また、夜行っていい?」

「うん。」

俺は現場に戻った。



現場に紙袋を置いておくと
甘い香りに誘われて
連中がつぎつぎと
作業の合間に口に放り込んでいく。

あっという間に
紙袋は空になりそうだった。
俺はそのうちの一つを
ポケットに忍ばせた。



食堂で夕食をとっていると
ゲドウが現れた。

まだそれほどの年でもないのに
まるで老人のように、
背を丸めてよたよた歩く。
食事を受け取って
席に着いた。

俺はゲドウのもとへ行った。
ポケットから、
アイリスにもらった焼き菓子を
出し、ゲドウの前にころがした。

焼き菓子は表面が崩れていた。

「何だこれは?」

「食ってみろよ。」

ゲドウはめんどくさそうに
それを口に入れた。

「何の味がする?」

ゲドウは咀嚼している。

「コーヒーだな。」

「おまえにも食べ物の味が
わかるんだな。」

ゲドウは俺から
目線をそらした。

「なんだそれは。侮辱か?」

「おまえも人の子なんだ。」

「そうだな。」

ゲドウは食事を続けた。