「お……お父さん」


俺は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をポカンとさせ、親父を見た。

親父はやはりアホなので、ヘラヘラと笑ったまま右手の親指を立てて


「助かってよかったな。セーフ!」


と言った。

何がセーフだふざけんな、そもそもお前が元凶だろうが。……と今の俺なら間違いなくキレるところだが、あの時は親父がまるで神様のように見えて、今度は安堵感から涙が止まらなくなった。


「うわ~~ん、お父さ~~ん!」


俺は親父の胸で大泣きした。タバコくさいシャツの胸元に鼻水を擦りつけながら、生きているということに心から感謝した。

そして、ふいにユイの方をちらりと見てみると。

あいつは両目を真っ赤に充血させ、だけど決して涙がこぼれないよう、唇を一文字に結んで必死に泣くのをこらえていた。


……そのときの気持ちを、今、俺はハッキリと思い出せる。

声を出してポロポロ涙を流してくれたほうが、よかった。あんな風に涙をガマンされてしまっては、男は何もすることができないのだ。


そっか……モヤモヤの正体はこれだったのか。

子どもだったあの日、俺はユイを守ってやることができず、それどころかあいつに守ってもらうという失態を犯した。泣く場所さえも与えてやれなかった。

好きな女の涙ひとつ受け入れてやれないで、何が男だ。