「えっ、逃げんのかよ兄ちゃん」
「すまんな。また明日付き合ってやる」
俺は部屋着の上にダウンジャケットを重ねると、スマホをポケットに忍ばせた。
「まだ勝負はついてねーぞー!」
服の裾をつかんで駄々をこねる弟。
「お前の勝ちだよ」
「納得しねーよ、こんな勝ち方じゃ!」
正当な勝ちにこだわる弟に、俺は「ははっ」と笑った。ガキのくせに、一丁前に“男”じゃねーか。
けど、俺も男なのだ。
男とは、いざというとき女を守るモンだと親父が言ってた。
……まあ酒ばっか飲んで、出っぱった腹をボリボリ掻いてる姿しか見せない親父が、そんなこと言っても説得力ねーんだけどな。
とにもかくにも。ユイに何があったのか知らないが、あいつがどこかで泣いてるなら、やっぱ行ってやるのが男なのだろう。
ギャーギャーわめいている弟の頭を撫でると、俺は自転車の鍵を持って、部屋を飛び出した。