◇ side.Yui ◇
「あっ、こら! 返してよ!」
みんなが帰った放課後の教室。机をはさんで正面の位置にいつの間にか立っていた男に、わたしは抗議の声を上げた。
「やだね。さっきから呼んでんのに返事しねぇお前が悪いんだろ」
そう言って嫌味っぽく片方の眉を上げ、こちらを見下ろしているのは幼なじみのコータ。
その右手に持っているのは、ついさっきまでわたしが読んでいた小説の文庫本だ。
「だからって人の本を取らなくてもいいでしょ! 気付くまで呼んでくれればいいじゃん」
「あー、無駄だな。お前が本読んでるときは、まわりで歌おうが雷落ちようが、全然耳に入らねーだろ」
「うっ……」とわたしは声を詰まらせた。痛いところを指摘され、何も言い返せない。
そう、子供の頃から本が大好きだったわたしは、読書に集中すると周りが見えなくなるのだ。
「……で?」
バツの悪い気分をごまかすように、憮然とした態度でコータを見上げた。
「何の用?」
「別に。そろそろ帰ろうぜって言おうと思っただけ。けどいいや、先に帰るからさ。お前はひとりで本と仲良くしてろよ」
カッチーーン。みたいな音が脳内で響く。なんでこいつは、こんなに嫌味な言い方しかできないんだろ。