「一花、前髪切ったよな」




まさかの一言に一瞬思考が止まった。




「そ、…そうです、けど」
「やっぱり」



いつものように右目だけを細めて首を傾げながら笑う碧先輩が私の前髪に手を伸ばした。
最早染み付いたような化学薬品の匂いを微かに纏った無骨な指に前髪が弄られてドキッとした。
動揺を悟られないよう、愛想笑いをしながら少し後ずさる。



「お前もぱっつんねー。女の子は好きだよね」



確かに女の子は前髪をぱっつんにしてる子って多い。でも男子受けはあまりよくないと聞いたりもする。



「自分でやって失敗しちゃったんですよ」
「そ?まぁ、すぐ戻るって」



「あーおーいー!神山先生が呼んでるぞ!」



廊下からひょこっと顔を出した慶介先輩がそう言い残して教授である神山先生の部屋に入っていった。



「おー。…じゃあ、またな、一花」
「…お疲れ様です」
「ん」



去り際にポンポンと頭を撫でて、碧先輩は神山先生の部屋に向かった。



「………一週間ぶりなのに」



誰もいない実験室でそうつぶやいた。
男子は女子の髪型の変化に気づきにくいとかってよく言うけど、最後に碧先輩と会ったのは一週間前で、しかも前髪をほんの少し切っただけなのに。
それに気づく碧先輩には本当に叶わない。




撫でられた感触の残る頭を触り、ため息をついた。