少しずつだけど、佐原君と話せるようになった気がする。

あの日から毎日、一緒に下校。

まだまだ近づいて話せないけど…。

離れているけど前を歩く佐原君は歩幅を合わせてくれる。

「そう言えば、なんで苦手なの?」

「?何が?」

「男子」


「……幼稚園の時にいじめられて…それから…」
視界がぼやけてきた。

前を向いて歩いていた佐原君が立ち止まっているわたしに気づいてかけよって来る。


「うゎーっ。

とっ、とりあえず。

あそこの公園行こっ!」


目の前の公園に入っていく。
ベンチに座り、タオルで涙をふく。


あれ?

佐原君がいない…。

さっきまで近くにいたはずなのに。

「どうした?」

上から声がする。

見上げると、佐原君がタオルとジュースを差し出してきた。

「泣いてるのとか見られたくないかなって思って。これ、濡れタオルと桃ジュース」

わざわざ、走って…?

隣には座らず、1つ隣のベンチに座る。

「佐原君、ありがとう」


じわっとまた目がかすむ。

「どういたしまして」

そう言って笑顔向けてくれた。


貰ったジュースをひと口飲む。

ちゃんと言わなくちゃ。


「……クラスのガキ大将だった子に、

ブスとかさわんなとか見んな、近づくなとか

突き飛ばされたり、虫投げられたり…

したんだ」

「……」
佐原君は黙ったまま地面を見ていた。

「…そういうことがあったんだな…。

ひどい奴だと思うけど……うーん…

多分そいつ瑠璃ちゃんのこと好きだったんじゃないかな?」

「…!そんな訳っ!」

「そんな訳、あると思うけどなー。それぐらいの子ってつい好きな子いじめたくなるつーか」


「佐原君もそうだったの…?」

「俺はー、…俺は好きな子とかいなかったからどうだったんだろうね。

…けど、もし瑠璃ちゃんと同じ幼稚園に通っていたら…助けてあげられたのになって思う」

真剣な目に思わず、目をそらしてしまう。

「だから、中学生にもなってそういうことする奴はいないと思うから。


怖がらなくて大丈夫だ。
何かあれば俺が守ってやるから」

ー…本当に優しい人。

「!」

「今、笑った…?」

えっ?

顔をさわる。

顔がどんどん赤くなるのが分かる。

恥ずかしいっ…


「るーりちゃん、また目線合わせられなくなってきてるよ。

こっち向いてよ。」


ゆっくり顔を向けると佐原君のまぶしい笑顔があった。


わたしも、その笑顔につられて笑ってしまった。

なぜか、次は佐原君が顔を真っ赤にして顔を手で隠していたー。
梅雨が終わり、夏のにおいがする。


今日は、いつもより早く学校に着いた。

教室を開けると、まだ碧ちゃんと佐原君は来てなかった。

「瑠璃ちゃん、おはよー」

「おはよう」

クラスの子にあいさつしながら自分の席に着く。

碧ちゃん達まだかなー?

「川中さん、おはよう」
「おはようっ」
「お早う」

びっくりして声のする方に振り返るとクラスの男の子にあいさつされた。

あわゎっ、あいさつしないと。

「…おっ、おはよう」

ぎこちないけど何とかあいさつ出来た。

佐原君のおかげで少しましになったと思うけど

慣れないなぁ。


「るーりっ。おはよう」

「おはよう。瑠璃ちゃん」

「おはよう。2人とも」


「あれー?瑠璃、机から何か出てるよ?」

「ほんとだ。手紙…?」

「差出人が書かれてない…」

手紙を開く。
“放課後、屋上で待っています”

「これは」
「これって」

「まっ、まさか」

『呼び出しっ!?』

「…よっ…よよっ…呼び出しといえば…」

「瑠璃、どうしたの?

顔が青いよ?」

「碧ちゃんどうしよっ!」

「どうするもこうするも行くしかないでしょ」


「…カツアゲされちゃう

いや、もっ…もしかしてリンチ…?」

「ちょっ、晶さっきから固まってないで何とか言ってあげて

瑠璃も泣かないの。」


「その可能性は絶対ゼロだから。

安心して。


晶の方は安心出来ないけど…。」

チラッと佐原君の方を見ながらつぶやく碧ちゃん。

「…ほんとに…?」

「うん、ほんとほんと。」

「おーい、晶っ!還ってこーい」

「佐原君ー?」
放課後になっちゃた…。

「碧ちゃん…

わたし行ってくるね。」

「気をつけてね。」

うなずいて、手を振り教室から出る。

「あんたは何も言わなくて良かったの?」

「……」


「はぁー。

さて、私は瑠璃の様子見に行くけど…」

うつせていた顔をあげ、晶が言った。

「……何て声かけていいのか分からなかった」

「『行くな』って言えば良かったじゃない」

「……」

「じゃあ、私は行っ」

「行くよ」


やれやれ。
ギィーッ

鉄のサビた音がする。

ドアの開く音に気づき、こちらを振り返る男の子。

「こんにちは。」


「こっ、こんにちわ。遅くなってすみません。」

「ううん。僕も今、来た所だから」

「……」

そういえば、男の子と2人っきりになるのって佐原君以外で初めてかも…

「川中さん、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。」

「良かった。

自己紹介がまだだったね。僕は、隣のクラスの根元(ねもと)です。」

「…わたしは、川中瑠璃です。」

「知ってるよ。入学式の時からずっと見てたから」

少しずつ距離を詰めてくる、根元君。

「えと…あの…っ」

思わず後ろ下がってしまう。


…怖い。

それでも距離を縮めてくる。


怖い…怖い…。

そして、後ろには壁が…。


「単刀直入に言うと、ずっと好きだった」

抱きしめられていた。

「っ……」
どうしてっ、声が出ない。

いやだっ…いやだっ
…っ…離してっ!

腕の力は強まるばかりで、どうすることもできない。
誰か助けて…っ!



ー何かあれば俺が守ってやるからー



佐原君っ…!

「佐原君!!」

バンッ

勢いよく開く扉。

見るとそこには佐原君がいた。

「お前よくもっ!!」

がっ

鈍い音が聞こえる。

根元君が床に倒れ込んでいる。

「大丈夫かっ!!!」

「瑠璃!!!」

ぎゅっと碧ちゃんが抱きしめてくれた。

2人の顔をみると涙が溢れ出してきた。

「あおちゃ…ん…っ……

さっ……はら…くん」

「ごめんね。もう、大丈夫だから。」

優しく背中をさすってくれた。

「晶、瑠璃を安全な所に。

こいつ、ボコボコにしないと気が済まない」

「瑠璃ちゃん、立てる?」

「ちょっと、あんた。私のかわいい友達をいじめた罪重いわよ。」

関節をならしながら根元君に近づいている碧ちゃん。

「碧って確か、空手部だっけ…?」


ドアから中に入り、

やっと安心が出来た。

気が抜けそのまま座り込んでしまった。

「ごめん。もっと早く来ていれば、こんな怖い思いせずにすんだのに…っ」

壁に拳を叩きつける。

そんなことない…そんなことないよ

涙でうまく口が動かない。

頭を何度も横に振る。


「俺が行くなって言っていれば…。

泣くなよ。」

頭をなでてくれる。

「助けに来てくれて、
……心からありがとう」

「…けど、守るって言ったのに。

ごめん、…ごめんな」

今にも泣きそうな顔でそう言ってくる。

「佐原君はちゃんと助けてくれて、わたしを守ってくれた。

だから自分を責めないで」

「うん…」

涙がこぼれる。

「かっこわりぃ…。

……っ!!」

涙をぬぐっている佐原君の表情が固まる。

下の方を向いたまま。

目線に目をやると、

わたしは無意識に佐原君の手を両手で握っていた。

「ごっ、ごめんなさい」