器用に箸を使って、料理を口に運んでいたシオンは、手を休めて言った。

「ひさぎは、お花も詳しいんだね。」

感心したように見る。

「いや、詳しくはないけど…。」

言いかけた時、女将が次の料理を持って来て言った。

「その花、ぼっちゃん好きやったと思うて、来はる前に急いで生けたんどすわ。」

「…え…。」

俺は驚いた。

「ぼっちゃん、よう花の名前、聞いてはったでしょう?でも、この花だけ、好き、言いはったん、覚えてて。」

ふふふと笑って、女将は言った。

もう何年も前のことを、覚えていてくれたのか。

「どこが好きなんか聞いたら、夕焼けの薄紫みたいな色だから好き、やて。」

そんなこと、言ったのか。

夕霧草は、やわらかいふわふわとした、薄紫の花を咲かせる。

別段、派手でもないし、どちらかと言えば地味だ。

でもとても優しい色をしている。

また少し、優しい空気が胸をくすぐる。

いつしか、俺は、この夕食を楽しく感じはじめていた。